日生劇場 「染模様恩愛御書(そめもようちゅうぎのごしゅいん)」 初日2010/03/06 23:37

2010年3月6日 日生劇場 午後4時半開演 一階B列

初演の時に失笑した「三つ合わせてカンジンチョー」がなくなったのが何より嬉しい。ただ、好きだったシーンがいくつか無くなってしまって全体としては初演の時の方が楽しかった。

無くなって残念なものの第一は、友右衛門と数馬が敵討に駆けつけるため客席を駆け抜けるシーン。日生の客席では後ろを横切る通路がなくてできないのだろうが、クライマックスの敵討につながるシーンで客席が一番盛り上がるところだったのに。

第二は、國矢が演じた芝居狂の若旦那を中心とする場。これは本題には関係なくて、歌舞伎体操の本の販促と食後の腹ごなしのためにあるような場だったが、笑えて楽しかった。

第三は、個人的に一番好きだった、数馬が友右衛門に文を投げて階段を駆け上っていくシーンの形が変わってしまったこと。松竹座のときは、左右に正面向きの階段がついた台が、舞台装置の中心だった。今回は、その台が二つに分かれている。上手側にあるのは盆の上に載っていて、下手側にある台と時には1つになる。分かれているときの見た目は、りびんぐでっどの落ちた永代橋のようだ。今回もやはり階段がついているが、上手側の階段は、正面からカーブして舞台に横向きに降りるようになっていて、客席からは側面が見える。松竹座の時は、数馬が下で友右衛門の足元に文を投げ、階段を駆け上がっていく後姿が可愛かった。今回は、2人は台の上にいて、階段を降りながら数馬が台の上に文を投げ、何段か降りたところで友右衛門の様子を窺うような形だ。

最初に講談の旭堂南左衛門が出てくるのは初演と同じ。「カンジンチョー」もなくなって、講談の存在感が少し薄れた。

冒頭のシーンが踊りなのも同じだが、前は会津磐梯山ではなかったような気がする。

薪車がやった数馬の父の印南十内役は、今回は市川欣也。図書の妻イヨの間男に見せかけるために殺されるのではなく、 花道で殺される。

イヨと、友右衛門の妹の役は初演と同じく芝のぶ。図書役は猿弥。初演のときは妖刀に操られて殺してしまうという解釈だったが、今回は自分の意思で殺すという解釈だそうだ。確かに、殺す間際まで刀は袋に入っているし、刀の妖力に操られているようには見えない。十内を花道で殺して、イヨ殺しのシーンが初演より短いせいか、他にもカットした箇所があるのか、初演のときに比べて図書の人間性の描き方が浅い感じがする。

十年後、あざみ(春猿)と腰元達が浅草に参詣するシーンで数馬が上手から台の上に現れる。初演の時も思ったが、愛之助の数馬は綺麗ではないが、うまい。

吉弥がやった数馬の母役は今回はなくて、母と数馬が茶店で話すシーンはカットされている。

友右衛門は深編笠をかぶって登場。染五郎の衣装の色合いは全編通して初演より地味になった。ここで数馬との出会いがあり、互いに見染める。染五郎は花道で文を書いて、失敗したものを二枚くらい客席に投げた。この文を書くシーンは初演にはなかった。ちゃんと書けた文(用意されていたもの)を、懐かしい「お袖によごれが」の台詞とともに数馬の袖の中に入れる。ドギマギした顔の数馬。

友右衛門が数馬の部屋に来てからの段取りは初演のときと同じ。2人のベッドシーンを見せる影絵のスクリーンが前より大きくなったような気がする。この場の愛之助は下品にならず媚びる風でもなく、肩の力を抜いて自然に色っぽい。染五郎は、帯を引っ張られてくるくる回る姿を見せたり、終始戯画的。

2人の密会がばれて、殿様と奥方の前に連れて行かれる。吉弥は奥方らしい威厳と数馬に対する思いやりを感じさせて良い。初演の段治郎に変わる門之助の殿様は、出て来ただけで殿様。綱豊のときの愛之助と同じような着物を着ているが、門之助は紛れもなく殿様に見える。生まれついての品が必要な役にはうってつけの人だ。

友右衛門が召し抱えられて、数馬は敵討のために暇をとらせることになり、この幕が終了。

二十分の休憩の後、芝のぶ演じる友右衛門の妹きくが図書と結婚した後、金に困り質屋を呼んで婚礼衣装を値踏みさせている。これは初演のときにはなかったシーンだ。多少コミカルな要素もあるが、図書が出てくると暗くなる。

きくのところに、友右衛門と数馬が訪ねて来る。花道を出てくるときは手をつないでいるが、スッポンのところで手を離す。帰りは、やはりスッポンのところで、もう一度手をつないで帰って行く。

追いつめられた図書が火のついた矢を放って火をつける。その後、数馬と友右衛門が到着して立ち回りになり、敵討が成る。

そして、火事場になる。南左衛門は上手に出てきて、猫がどうしたとか犬がどうしたとか、松竹座で聞いた覚えのある話を語った。舞台機構のせいで、焼けて落ちてくるものは初演より小規模だった。壁の上の方から煙が出て、初演のときと同じようにキラキラしたテープが降ってきた。座席の位置のせいか、日生の照明のせいか、テープの煌めきを松竹座のときより美しく感じて、自分の体に降ってくるのが心地よかった。輪の形の煙は初演のときはなかったと思う。本火は、今回は使わなかったのかもしれない。

染五郎は、何か所からか煙の出ている着物で花道に出て来た。下手から、ロープを使って正面の階段に跳び移った。そして、あのバカバカしい「カンジンチョー」はなく、御朱印状を体内に入れた後、階段落ちで消えた。ここは初演よりずっと良い。

この後、最後までは初演と同じだったと思う。

初演の松竹座は、バカバカしいところも冗長なところもあったが、初演の熱気があって、それが客を引き寄せたのだと思う。今回はコンパクトにしたときに、魅力的だっと要素も削ってしまったようで、テンションが下がっている。

薪車、段治郎、國矢という、若手の良い男が出ていないのも淋しい。、三階さん達も、歌舞伎座でよく見るようなベテランが多い。演技力としては今回の方が上なのかもしれないが、舞台から客席に放つフェロモン値が下がっている。

プログラムの中身は(初演の番付を読み直したわけではないが)、たぶん今回の方がずっと読み応えがある。初演のときに出た役者が初演のときの話を書いているし、殿様役ドンピシャの門之助が、殿様役は難しいと書いているのも面白い。

今回、衆道、BLというのが宣伝文句だったが、そのシーンが案外つまらなかった。初めから両想いなので恋がかなった嬉しさというのはないし、横恋慕しているあざみはいるが、ライバルはいない。それならせめて、2人のほのぼのシーンとか痴話げんかとかを入れてほしかった。あと15分伸ばしても上演時間3時間だから、6時半開始の回のことを考慮してもギリギリセーフだろう。

日生劇場 「染模様恩愛御書(そめもようちゅうぎのごしゅいん)」 千秋楽2010/03/28 00:07

2010年3月26日 日生劇場 午後1時開演 1階XA列

千秋楽特別バージョンなのか、きょうは、煙りを出して燃えている友右衛門が最初に3階席に現れ、次に1階に現れ、花道に上がるために客の手を借りたりしていた。舞台に上がってからも、先ず上手に走ってから下手に行って、その後で階段に飛び移る、という段取りだった。

前半に観たときと比べて階段落ちも長くなっていた。いつもはそのまま舞台下に消えていたと思うが、きょうは階段を転がり落ちた後舞台前方に出てきて、その上に金色の紙吹雪が、金閣寺の雪姫のようにどっと降りかかり、客席にも飛んできた。

大奮闘の後で死体になった染五郎は、近くで見ると身体が呼吸で動いているのがわかった。それでも顔は瞼も全く動いていなくて立派。

友右衛門のパートは、衣装が年齢相応に地味になり、くだらないところが階段落ちと入れ替わって、初演より完成度が増したと思う。初演のときはあくまでも歌舞伎として観ていて、そういう意味では数馬役の愛之助の演技がより安定していると感じたが、友右衛門が今回のようになってくると、この芝居が歌舞伎風の演劇のように見えて来て、そういう観点に立つと愛之助の数馬は重すぎるような気もする。

12日の夜に1階の後ろの方で観たときは、スポットライトがはっきり光の筋として見えた。最後に友右衛門が屋台の上に立ったときには5つのスポットライトに照らされていた。屋台の上の芝居も多いので、できれば一度上の階から観たかった。

初日に観たときに、2人のほのぼのシーンがあった方が良いと思ったが、花道を手をつないで歩いて来たり、「悪いのは私だけ」「いえ、私こそ」みたいにもめているシーンが、それに当たるのかもしれない。

門之助は初めから殿様らしかったが、千秋楽のきょうは、この芝居にすっかり慣れ、周りにも馴染んで、「あっぱれー」と大きく声を張って笑いを誘っていた。襲名の時の猿之助の言葉を思い出すと、こういうタイプの役者は、この人みたいに周りが焦れるくらいゆっくりと進歩するものなのかもしれないと思う。歌舞伎界ならではの存在。


幕が閉まった後、最後に降ってきた紫色の花弁のような紙を拾い集めながら入り口に向かっていたら、幕の向こうで手打ちをしている音が聞こえた。

12日の夜は左右の席が空いていたのでチケット販売は苦戦だったのかもしれないが、千秋楽にはプログラムが売り切れていた。