通し狂言「絵本合法衢」 初日2011/03/05 19:24

2011年3月5日 国立劇場大劇場 午後12時半開演 1階5列27番

玉三郎がうんざりお松をやった19年前、孝夫の太平次がお松を血も涙もなく殺して井戸に放りこんでしまったのにショックを受けて以来、この芝居に対する私の評価は低い。

序幕第一場。多賀家の分家の大学之助役の仁左衛門は編み笠をかぶって出てきた。顔は見えないが声でわかる。大学之助はお家乗っ取りをたくらんで、お家の重宝「霊亀(れいき)の香炉」を盗ませ、その悪事が露見しないように、盗んだ人間を斬り殺す。多賀家の忠臣である瀬左衛門(段四郎)に、花道から小柄を投げた後、幕が閉まって、幕外の引っ込みになった。花道七三で1人になって、初めて笠をとって顔を見せた。悪の顔。

第二場の最初に、愛之助(与兵衛)と孝太郎(お亀)が花道を通って出てきた。愛之助の声は数馬のように高め。
大学之助の一行が通りかかる。大学之助はお亀を見て、自分の妾か妻にならないかと誘うが、お亀は「毎晩添い臥しする可愛い男がいるから」と断る。その言葉に与兵衛は少しあわてて、止めるような仕草をする。愛之助も孝太郎も声が高いので、二匹の子犬がきゃんきゃん鳴いているような感じだった。

大学之助はお亀を強引に連れ去ろうとするが、瀬左衛門(段四郎)はそれを止め、与兵衛とお亀を連れて去る。

その後、鷹を持った子供が走ってきて、大学之助の家来と鷹を引き合っているうちに、鷹の羽がちぎれて死んでしまう。大学之助は、この子を斬り殺す。

第三場で、大学之助は、手討ちにした子供の両親も斬り殺そうとするが、瀬左衛門は、大学之助を止める。大学之助は諫言を受け入れた様子を見せる。こういう「良識派」の役は、顔も声も段四郎が一番真実味がある。

大学之助の悔い改めた態度は見せかけで、掛け軸を読んでくれるように頼んで油断させ、瀬左衛門が掛け軸の文字を読んでいるときに後ろから槍で刺し殺す。

瀬左衛門の弟の弥十郎(左團次)が駆けつけると、大学之助は、別の人間が瀬左衛門を殺したと言う。しかし弥十郎はそれを怪しんで、槍の穂先を持ち帰る。

二幕目、第一場は四条河原の場。下手から町人役の千壽郎が歩いてきて、舞台の真中で何かを見物している人々の中に加わった。見物人の中にりき弥がいた。色っぽい顔立ちの女形がいると思ったら吉弥だった。番頭伝三役の松之助も出てきて、なんとなく上方歌舞伎の顔ぶれになった。

上手にかまぼこ小屋があって、その中に住んでいるのが、うんざりお松(時蔵)。ごれが前回、玉三郎がやった役だ。毒蛇の血がほしいと言う伝三の注文に応じて、難なく蛇の頭を噛み切り、血をしぼり出す様子で、どんな女かわかる。

上手から、仁左衛門二役の太平次が登場。左脇にリボンのような結び目がある帯がかっこよかった。

吉弥は太平次の妻、お道の役。仁左衛門と吉弥がいちゃつく場面は初めて見たが、とっても良い。吉弥は色っぽい役がとても似合うから、老け役よりももっと色っぽい役をやってほしい。

太平次は、香炉を取り返す仕事をお松に頼む。

第二場は、今出川道具屋の場。お亀の養母おりよの役は秀調。上品できりっとしている。

ここにお松が来る。お松は名前をお亀と偽り、与兵衛が書いたお亀宛ての起請文を、自分にくれたものだと偽って見せて、強請る。与兵衛が戻るまでお亀を預かると言って連れて行こうとすると、番頭伝三が、お亀のかわりに香炉を渡してはどうかと、おりよに進言する。おりよはその気になったが、たまたま来ていたお亀の実父(市蔵)が、お松が落とした臍の緒書きを読み上げて、お松の嘘を暴く。

与兵衛は実は瀬左衛門の一番下の弟で、瀬左衛門の敵をとりたいと思っている。
おりよは、敵討ちがしたい与兵衛の気持を察して、与兵衛とお亀を勘当し、香炉を持たせてやる。太平次は、おりよを殺すために、伝三がお松から買った毒蛇の血を飲ませる。この時、徳利の口をあけようとした仁左衛門が、「ちょっと待ってください」「小道具が・・・・」と言いながら、少し手間取っていた。初日らしさ、その1。

与兵衛にも飲ませようとするが失敗。お亀と与兵衛は旅立つ。

その後、おりよは毒がまわって死に、太平次は、おりよの財布をゲット。50両も入っていた、と大きく見開いた眼をギョロギョロさせてワンダフルサプライズを表現していた。

強請りに失敗したお松と太平次は連れだって帰る。前に観たとき、太平次の妻役が誰だったのか覚えてないが、玉三郎より綺麗な女形というのはありえない。 今回はお松がやきもちをやいて「きれいなおかみさん」と言うと、本当に綺麗だものな、と納得できる。

太平次は、手を洗いたいから井戸の水を汲んでくれ、とお松に言い、2人で井戸のそばに行く。
桶にロープがついているだけの井戸で、お松は水を汲んで、太平次の手の上に水をかけてやる。太平次はもう一度汲んでくれ、と言い、お松が桶を下に落としているときに、桶についているロープで首を絞めて殺す。そして、お松も、お松の持ち物もすべて井戸の中に投げ込む。

井戸の水で太平次が手を洗っている場面は、今月のプログラムの中表紙に豊国の絵がある。

前回の舞台で覚えているのは、お松が殺されて井戸に放り込まれるところだけだ。それも、大学之助が殺したと記憶していて、太平次という役は記憶にない。

孝夫と玉三郎のラブストーリーを期待して見に行った前回は、この場面で、孝夫の役に全く愛情がないのに失望したが、今回は、先月に引き続き仁左衛門の殺しを観るのだと割り切っているので、いいぞいいぞ、どんどん殺せ~と楽しめた。

お松を井戸に放りこんだ後、上手から与兵衛とお亀、下手から弥十郎(左團次)と、その妻皐月がでてきて、5人でだんまりになった。皐月役は時蔵で、ここは早替り。

時蔵のうんさりお松は、出てきたとき、玉三郎みたいに色気がないと思ったし、重たい感じで、この役に向かないのではないかと思った。ちょっと不良っぽい雰囲気のある梅枝の方が向いているかな、とも思った。しかし、最後まで観ると、歌舞伎の女形として時蔵のうんざりお松は立派なものだった。

三幕目の第一場は、太平次の家。お亀の妹のお米が泊っていて、夫の孫七が訪ねてくるのを待っている。大学之助の家来で、お亀が妾になるときの支度金50両を持ってお亀を探している段平も、この家に来ている。太平次の女房のお道が、与兵衛とお亀を連れてくる。与兵衛は病で、歩くのもやっとだ。

太平次は、お亀に段平の話をする。お亀は、妾になる決心をする。

お亀を段平に引き渡すとき、太平次は50両をうまく自分の懐に入れてしまう。

1人になった与兵衛に、太平次がこっそり頼んだ男たちが、おりよ殺しの罪を着せてつかまえようとする。太平次は男たちを追い払うふりをしながら、後ろから与兵衛の足を鉈で打って傷つける。

太平次は、与兵衛に提灯を持たせて、逃がす。後で提灯を目印に追いかけ、殺して香炉を奪うつもりである。夫の悪だくみを知ったお道は、与兵衛を追いかけて、花道へ。

一方、上手の2階では、太平次が、逃げようとしたお米を縛っている。

訪ねてきた孫七は、太平次の留守にお米を見つける。

与兵衛を追って行った太平次は、提灯がかかったお宮を見つけ、その戸を開けると、中からお道が出てきた。お道は夫を諭す。しかし、太平次はお道を斬り、手下に殺させる。ここで舞台が廻り、吉弥は舞台が廻って暗くなるあたりで海老反っていた。良い役だし、吉弥にぴったりで、終始良かった。

家に戻った太平次は、逃げようとしていたお米と孫七を殺す。

太平次の登場はここまでだが、面白みのあるワルで、ユーモラスなシーンは仁左衛門が滅法うまく、客も気持よく笑えた。

大詰め第一場では、弥十郎が合邦として住む庵室に与兵衛がかくまわれている。弥十郎の留守に与兵衛が1人でいるとき、ドロドロという音がして、お亀が現れ、妾になって敵討の機会を狙っていたが、返り討ちにあったと言って、消える。

大学之助が庵室に来て、お亀を殺したと言う。与兵衛は打ってかかるが倒され、踏みつけられる。愛之助は、男之助の足の下のネズミのようにもがいていた。大学之助は、太平次も殺していた。
与兵衛は観念して、自分で腹を切る。

帰って来た弥十郎は、与兵衛の話から、与兵衛が自分の弟で、同じく兄の敵の大学之助を追っていたと知る。

与兵衛は和事の演技で、愛之助は全く危な気がなかった。先月の三五郎と全く違う。今月はあと2回観る予定だが、三五郎の方を複数回観たかった。

与兵衛と弥十郎がいる庵室が、グッグッと後退して、前に浅黄幕がかかった。こういう動きは初めて見たかも。その後、幕が落ちて現れたのが、大きな閻魔。

最後の場は、閻魔堂。

敵を追ってきた弥十郎と皐月の夫婦は、大学之助の駕籠をとめて刀を突き刺すが、戸をあけると中には鎧が入っている。左團次は戸を開けようとして戸を外していた。初日らしさ、その2。

弥十郎夫婦が自害したのを見て、閻魔堂の陰から大学之助が出てきた。

しかし、夫婦の自害は嘘で、大学之助を罠にかけたのだった。

大学之助の最後は、先月の京極内匠と同じく、仁木弾正の終わりのようなパターン。

仁左衛門は舞台に仰向けに倒れ、間もなく起き上がって、「トーザイ。まず、こんにちは これぎり~」とあいさつした。