レニングラード国立バレエ 「くるみ割り人形 ― 2008/01/01 03:13

2007年12月23日(日) 東京国際フォーラム ホールA 午後4時半開演

キャスト

マーシャ オクサーナ・シェスタコワ、王子 アルチョム・プハチョフ、ドロッセルマイヤー ミハイル・ヴェンシコフ、くるみ割り人形 アレクセイ・クズネツォフ

ずっと踊りが観たかったので、久しぶりのバレエがとても嬉しい。

主人公の名前がクララでなくマーシャである理由は前に買ったプログラムには書いてあったかもしれないが忘れた。

今回、開演前に時間があったのでプログラムを読んでいたら、、前の芸術監督ニコライ・ポヤルチコフのこのバレエについての解釈が書いてあった。「バレエの中の主人公をタイトル通り「くるみ割り人形」とした。美しい王子は、この不恰好な人形の清らかな心であり、王子が姿を現すのは、ただ愛がある時だけである。人の心に愛情が芽生えそうになったとき、美しい王子はその人とともにある。そして、小さな「くるみ割り人形」は愛を呼び起こす清らかな心を持っている。世界をより美しく、素晴らしくするのは愛だけなのだから」

以前、テレビでBBC製作の「くるみ割り人形」に関する番組を見たことがある。その前半で人々は口々に「くるみ割り人形」の筋のくだらなさを語り、後半では音楽の素晴らしさを賞賛していた。見ていて面白かったし、「くるみ割り人形」はそういうものなのだろうと思ってきたのだが、前の芸術監督が書いているような話の筋についての肯定的見解を読んだ後でバレエを見られたのは幸福だったと言うべきだろう。

一幕目は真ん中に背の高いクリスマス・ツリーが立って、クリスマスムード。マーシャは典型的な西洋美人。父役のマラト・シェミウノフは長身で手足が長く、自己陶酔して踊っているように見えて印象的だった。ドロッセルマイヤーの踊りの振り付けが一番高度だったと思う。

ネズミとおもちゃの兵隊の戦いのシーンでは、ネズミの造形がかっこよかった。とがった帽子のようなのをかぶって、それが顔。身体の方はタキシード風で、後ろのテールが尻尾になっている。全体に黒くて顔の一部が赤い。

私の好きなアラビアを含む各国の人形の踊りは二幕目。 アラビアは踊りより音楽が好きだ。踊り自体は中国の人形の踊りが一番難しそう。最後の方は踊りは面白くないが音楽はロマンチックで大好きだ。

セルリアンタワー能楽堂 正月公演 ― 2008/01/01 15:15

2008年元旦 正午開演

10分くらい前に着き、中正面の一番後ろに座った。自由席で、3千円と安いのだが、一割くらいは空席だった。今日は、舞台の梁に注連縄をめぐらしてあった。

橋掛かりから4人出てきたときに傳左衛門がいないと思ったら、舞台に座った傳次郎が「あけましておめでとうございます」と言った後、プログラムを変更して最初に祭囃子をやると言った。 素囃子が好きなので嬉しかった。傳次郎の太鼓はお相撲の太鼓のように聞こえた。

長唄「鶴亀」は、演奏者が切戸口から登場した。今度は傳左衛門もいた。傳左衛門の「イヨオ」という声はいい。

この後15分の休憩になった。次の演目の前に「市川春猿サマによる舞踊」というアナウンスが入ったので、どういう立場の人がどういう立場の人達に告げている設定で「サマ」づけなのだろうかと一瞬思い巡らした。

長唄「俄獅子」では春猿は女形の格好をして出てくるのだろうと漠然と考えていた。チラホラいる外人のお客さんが喜びそうだ、と。しかし間違っていた。演奏者の後に現れた春猿は素顔で袴姿。日本の色の名に詳しくないので何色と言うべきなのかわからないが暗いピンクの色調。上衣はオレンジがかった暗いピンク、袴は藤色がかった暗いピンクと言うべきか。

踊りに飢えていた私には、衣装や化粧に目を奪われず純粋に踊りを楽しめる素踊りを見られたのが嬉しかった。

演目が終わった後、春猿は一度引き上げたが再度登場して、田中兄弟の前に立って挨拶をした。この公演に出るのは今回で4回目だそうだ。最後に春猿の音頭で一本締めをして終わった。

2008年 新春浅草歌舞伎 鏡開き ― 2008/01/03 02:21

浅草公会堂の前は黒山の人だかりだったので、もう鏡開きは始まってしまったのかと思ったが、まだだった。去年よりマスコミも一般人も明らかに多い。写真は腕を伸ばして撮影したもの。

覚えている挨拶の内容は・・・・

亀治郎 そろそろ引き際を考えています。

獅童 亀治郎さんが引き際だったら俺はどうするんだ。

愛之助 大阪から来ましたが関が原で雪が降っていて鏡割りに間に合うかと思った。

七之助 よければ博多にもいらっしゃってください。

今年から、坂東巳之助も加わった。最後に挨拶した男女蔵の求めにより、いつもお年玉挨拶でやっていたようにみんなで声を合わせて「オメちゃん、オメちゃん」と叫んだ。

2008年 新春浅草歌舞伎 初日 第一部 ― 2008/01/03 02:51

2008年1月2日 浅草公会堂 午前11時開演 1階い列27

初日は、プログラムを買ったりイヤホンガイドを借りたりプロマイドの申込みをしたりと開演前に忙しい。

初日の年始挨拶は獅童だった。今年も、舞台で挨拶した後花道に立って「1階の皆さん、用意はいいですかー、はくしゅー」パチパチパチパチ、というのをやった。花道に立ったとき、袴の裾が少しまくれているな、と見ていたら最前列のおばさんがスタスタと出て行って、手を伸ばして直していた。

「傾城反魂香」

虎が可愛かった。坂東功一が百姓の一人で出ていて眼福。修理之助役の巳之助はときどき声が裏返る。素顔だとあまり似てないが、拵えをした顔が三津五郎をごつくした感じ。

愛之助の雅楽之助は「渡海屋・大物浦」の相模五郎とかぶる。

舞台がぐっと良くなったのは勘太郎が声を出してから。それまでは滔々としゃべるおとくにも感動しなかった。勘太郎は徳川家重やマイレフトフットの主人公の役もうまそうだ。後半の踊りはもう、吉右衛門の吃又を観たときからずーーーーっと、勘太郎の踊りが見たかった。亀治郎はうまいが、優しい奥さんにも色気のある奥さんにも見えなかった。又平は勘太郎で、おとくは芝雀タイプの女形がやると私の好みの芝居になるだろうと思う。

「弁天娘女男白浪」

七之助は綺麗だがお嬢さまの格好をしていてもあまりお嬢さまぽくない。不良少女に見える。だから浜松屋に入ってきたときと出て行くときとで雰囲気があまり変わらない。正体がばれてからの台詞は全体的には良いが、もう少し発音が明瞭だと良いと思う部分があった。

獅童の南郷力丸は今までに観た南郷の中で一番好みだ。この人はいい男で、一歩下がって相手を包み込むような男らしさがあって、良い相手役だと思う。

愛之助は日本駄右衛門は前にもやったことがあり、ネット上の評判も良かったので期待していたが、それほど感動しなかった。浜松屋店先のところは顔がたるんで太っているように見えたし、勢揃いのところももう少し引き締まった力強さがあると良いと思った。しかしこれは私の勝手な願望で、日本駄右衛門は私が期待しているようなキャラではないのかもしれない。幕切れは、足を見せて決まる南郷役の獅童がかっこよかった。

2008年 新春浅草歌舞伎 初日 第二部 ― 2008/01/03 04:12

2008年1月2日 浅草公会堂 午後3時開演 1階き列15

年始挨拶は愛之助だった。去年と違って羽織袴に素顔。舞台で挨拶した後、獅童と同じく花道に立ってしばらく話した後、客席に降りて客の質問を募った。

「金閣寺」

去年の1月に観た歌舞伎座の同演目は眠ってしまったが、今回も今にも眠りそうだった。勘太郎の此下東吉は品があって動きが美しくてよい。亀治郎の動きを見ているとあれを玉三郎がやったらさぞ美しかろうと思うが、去年観たときはあまり感動しなかった。

「与話情浮名横櫛」

七之助のお富は小山三に傘をさしかけられながら花道から登場した。七之助はすごくうまい上に、すごくニン。玉三郎に教わったそうで玉三郎の名残を感じるが、玉三郎より良いかもしれない。大人びた女が向いてる七之助は弁天小僧よりお富の方がずっと良い。

愛之助の与三郎は下手ではないが非常に違和感のある与三郎だった。イントネーションが違うとかいう個別の問題ではなく、身体の中に与三郎がない感じ。関西出身の仁左衛門が当代の与三郎役者で、愛之助も多少イントネーションがおかしくて仁左衛門のようにかっこよくはなくてもそこそこの与三郎はやるだろうと予想していたので、びっくりした。

見染の場の冒頭には長身イケメンの功一が出るし、金五郎役の獅童の方がすっきりした江戸前の二枚目なので、背が低い愛之助の与三郎が出てきても二枚目が目立たない。それでも、見染の場はつっころばし風にやるのか、源氏店ではどう変わるのかと観ていた。

注目の羽織落としは、まず、客席の散歩から戻った花道で酔っ払いとぶつかったときに酔っ払いが与三郎の羽織のひもをひっぱってほどく。仁左衛門はそのまま何もしない(ように客からは見える)で最後の羽織落としまで行くのだが、愛之助は舞台に戻ったときに客席から見えない方の肩から羽織を落とし気味にした。そして、私が花道を去るお富を見ている間にもう一方の肩からも落ちていて、そのまま下に落とした。明日は、もう一方の肩からどうやって落としたのかしっかり見とどけるつもり。

源氏店の七之助は化粧している姿が若い娘らしくて綺麗だし囲い者らしい色っぽさもある。蝙蝠安がお富と掛け合っている間後ろ向きで座っていた与三郎がお富の顔を見てお富と気づき大きく息を弾ませるところは仁左衛門と同じ。「立派な亭主もいる身体」というお富の台詞に反応して口をきっと結んでにらみつけるようにお富の方に顔を動かす仁左衛門の仕草が好きだったが、愛之助はこれはやらないようだ。「ご新造さんへ」の台詞を始める体勢に入ると、いつも通りに客席が静まり返る。そして「待ってました」の声もかかった。台詞はうまく言えていた。幕切れは「生涯おめぇをはなさねえぜ」バージョン。

蝙蝠安の亀鶴は予想通りうまかった。松之助の藤八の顔を見て驚くところはちょっと大げさかとも思ったが。男女蔵の多左衛門は台詞まわしが左団次によく似ている。

愛之助の与三郎だけが不合格。「ニンでない」と言ってしまうとそれまでなのだが、声、顔、着物の着方をもう少し研究して改良することはできないだろうか。声は愛之助の一番の美点だと思うのだが、きょうは与三郎だけでなくどの役の声も気に入らなかった。挨拶のときの普通の声が一番良い。愛之助は高音の方が楽に出せるようだが、孝太郎が出すような耳ざわりな音が時折出ていた。愛之助の高音はネットリした感じがするし、女形っぽい感じもするので、与三郎のときにそれが聞こえるとひどく違和感を感じる。声をすこし低めにして女形っぽい耳ざわりな音が混じらないようにしたらどうか。顔も、かさねの与右衛門を思い出すような哀愁をおびた美貌に仕上げてあったが、女っぽい。どうにかしてもっと男らしさが出るようにしてほしい。

着物のことは全くわからない私が言うのもなんだけれどズルズルした感じでちっともかっこよくない。愛之助はチビだけど歴代の与三郎役者だってほとんど愛之助より背が低かったはずなので、もっとかっこよく見える着方があると思うのだが。

2008年 新春浅草歌舞伎 2日目 第二部 ― 2008/01/04 01:51

2008年1月3日 浅草公会堂 午後3時開演 1階か列34

挨拶は七之助だった。去年は七之助の挨拶はなかったので初めてだ。ずっと舞台に座ったまま話していた。きょうは昼の部の「弁天娘女男白浪」の最後に幕が閉まらないというハプニングがあったそうだ。観たかった。

「金閣寺」

きょうの席は上手で、きのうとは見えるものが違う。金閣寺の障子が開いていて、中の虎の絵が見える。松永大膳は前の人の頭で見えなくなることがあるが、雪姫はよく見えた。後ろにいる澤村國久が綺麗。 亀治郎はどうしてあんなおばさんみたいな声なのだろう。せめて声がかわいければ顔はあの程度でも美女の雰囲気が出せるかもしれないのに。

この演目はきょうも睡魔に襲われた。雪姫が活躍する演目で、玉三郎が雪姫をやったのを複数回観たのに、なぜ、好きな演目でないのか純粋に疑問だ。今月あと数回見るので、この演目がもう少し理解できるまで感想は控えておく。

「与話情浮名横櫛」

きょうは、昨日よりも愛之助の声の耳ざわりな高音が減ったような気がする。

見染の場、金五郎と与三郎が並んですわると普通に金五郎の方が良い男で、愛之助の与三郎は良い男というよりおぼっちゃま。客席に降りようとすると金五郎が先に下りて手をとり、降りた与三郎がちょっとよろめくのが可愛い。お富の顔を初めて見たときの与三郎の顔はきょうの席の方がよく見える。かっこよさではおよびもつかないが可愛さなら仁左衛門と張り合える愛之助。見染の場は可愛くて良かった。この場の与三郎はこれでいいと思う。

羽織は、花道で酔っ払いとぶつかったときに酔っ払いが紐をひっぱってほどき片方の肩から羽織がずり落ちるが、ずり落ちたのは元に戻り、金五郎と並んで下手に向かって立っているときに客席と反対側の肩を落とし、お富が花道を去っていくときに、手を後ろに回して袖口を引っ張ってもう一方の肩を落として、最後に両腕を下げて落としていた。

源氏店では、七之助が「とこのま」で噛んでいた。与三郎と蝙蝠安が花道を並んで歩いてくるとき、きのうは単に2人並んで出てきた、としか見えなかったが、きょうの席からだと姿勢の良い与三郎の向こう側に前かがみの蝙蝠安が見えて、絵としてきれいだった。

与三郎と蝙蝠安の玄関先での最初の会話を聞いて愛之助の声が昨日よりは良くなっているような気がして、「ご新造さんへ」準備態勢のときに「愛之助ガンバレ」と心の中で叫んだ。愛之助は「久しぶりだなあ」を2回言ったような気がする。「いやさ、お富」を抜かして立っている間に「久しぶりだなあ」と言ってしまって、座りながらもう一回言ったのか?

与三郎は昨日より少し良くなったかもしれない。

2008年新春浅草歌舞伎 3日目 第二部 ― 2008/01/04 20:18

2008年1月4日 浅草公会堂 午後3時開演 1階花列け番

与三郎がどうなることかと心配できょうも観た。憧れの花道横の席。け番は傾斜の上にあって椅子が少し斜めになってはいるが座ってみてびっくりしたことに観客の頭がみんな下に見えて何の障害もなく舞台が見渡せる。申し訳ないような良い席だった。それなのに何故か私の前2つはずっと空席。

挨拶は2回目の愛之助。やったことは大体前回と同じ。花道に立ったとき裾がちょっとめくれていたが、誰も直しには来ず、そのままだった。袴がめくれるのはよくあることで、かまわないものなのかもしれない。「江戸弁はまるで英語を習うようで・・・」と言ったので「そういう問題ではない」とそっと心の中でつっこみを入れる。愛之助は「死んだはずだネ お富さん」と言ったが、「死んだはずだヨ」が正しい。

「金閣寺」

きょう初めて、この演目を眠らないで見通した。30分くらいで寝入っている人がかなりいた。

勘太郎の此下東吉には、「この演目で一番美しいのは君だ!」と言ってやりたい。花道にいるときの真っ直ぐに伸ばして指先をついた手の美しさ。きょうの席からは碁盤の見得を正面に見ることができて堪能した。東吉の所作のすべてが美しい。去年の右京のような踊りがないのは残念だが、今年は此下東吉を見て我慢することにする。偶々、直前に同じ役で観たのは、この役も吃又も吉右衛門なのだが、私は両方とも勘太郎の方が好きだ。吃又は好みの問題として、東吉の役の素晴らしさは勘太郎のように所作が美しくなければ表現できないのではないか。

きのう観たときも思ったが、雪姫の上に降りかかる桜の花びらは、昔観たときは止まっている雪姫の上に一瞬にドカッと降るものだったように記憶しているが、今回はもう少し長い時間花びらが一様に降りそそいで、その下で雪姫が踊る。すると、降りそそぐ花びらの映像と踊る雪姫の映像を組み合わせた特殊映像を見ているように感じる。

積もった桜の花びらが、一昨日、昨日の席からは見えなかった。きょうの席からはかなり分厚く積もって絵も描けるほどになっているのが分かる。ただ絵は見えないので、それは2階で観るときの楽しみにする。

松永大膳は主役で、獅童は下手ではないと思うが存在感が薄い。「布団の上の極楽責め、声はりあげて歌え」みたいな台詞ばかり頭に残る。

「与話情浮名横櫛」

きょうはすぐ横の花道を行き来する役者の足元ばかり見ていた。見染の場の与三郎は着物の裾から襦袢(?)を足にかかるくらいはみ出させてヒラヒラさせながら早足で歩いていたので、あんな可愛い着方をしていたのか今まで気づかなかった、と思ったのだが、裾もちょっとまくれているように見えたしひょっとして失敗? 次回観劇時に確認することにする。あんな下着ファッションも舞妓さんみたいで可愛いと思うが。

与三郎と金五郎が客席通路を歩くときは廊下に出ないで中央の後ろの通路を通って花道に戻るが、休憩時間に見たら後ろの通路にはびっしり補助席ができていた。初日も2日目も遠目に見て狭そうな通路だとは思っていたが、客がすわっている後ろを身体を横にして無理やり通っているのだった。

見染の場は今日も無事に済み、さて問題の源氏店である。お富と藤八のおもしろいやり取りは、与三郎が拵えを変える時間稼ぎなのだろうと思いながら見る。藤八が天井や土瓶や庭などをほめちぎるのが面白い。誉め方のサンプルを見るようだ。

並んで出てきた与三郎と蝙蝠安の足を見ると蝙蝠安の方は生足、与三郎は白粉をつけている。七之助の足を見たときは足の裏が違う色だったので裏には白粉はつけてないとわかったが、愛之助は足の裏まで白い。そのせいで、最後の方では、座ったときに踵がつく着物のお尻のあたりが白くなっていた。

顔が短いとほっかむりが似合わないのだろうか。後ろ向きや横向きはまだましだと思えるほど正面がサマにならない。玄関先に座って蝙蝠安とお富の話を聞いているときは私の席からは斜め後ろ姿が見えていたが、それは綺麗だった。

蝙蝠安とお富の口論に振り向いた与三郎がお富の顔を見て息をはずませ、「立派な亭主がある身体」ときいてショックを受けたような目をする演技は良い。一分じゃけえられねえ、と決心する心の動きにつながる。帰ろうと促す安と「嫌だ」と拒否する与三郎のやり取りの時の声はまあまあ良い。ここで立ち上がって「ご新造さんへ」準備態勢に入ってからは手に汗を握った。愛之助、がんばれ! きょうは、「久しぶりだなあ」はちゃんと一回だけ。その後の台詞もちゃんと言っているが、時に気に入らない高音が混じる。仁左衛門と同じ調子で台詞を言うと愛之助の声では女めいた声が混じってしまうのかもしれない。愛之助は肩幅が広くがっちりしているのに、着物の上から見ると筋肉がついている分、肩が丸っこく見える。どうにかならないか。

いろいろ不満はあるのだが、愛之助が下手でないせいか与三郎に対する自分の感覚が狂ってきて、この与三郎でもいいかと思ってしまう。一ヶ月やっているうちに役に慣れてきて与三郎らしくなってくれればとも思うが、愛之助は自分の方に役を引き寄せつつあるのかもしれない。ずいぶん叙情的な顔をした与三郎だが、孝夫が若いときもこんな顔をして与三郎をやっていたのかもしれない。

お富の家から出て花道に蝙蝠安と立っているときの顔を見ると仁左衛門に似てるし、まあいいか。

初春花形歌舞伎 雷神不動北山櫻 ― 2008/01/13 23:38

2008年1月13日 午前11時開演 新橋演舞場 2階右列41番

海老蔵が5役をつとめ、最後の不動は空中浮遊をするという演目である。 あまり意識してなかったのだが筋書きの上演記録を見ると21年前の国立劇場での公演を観ている。富十郎と玉三郎の「鳴神」を見たときだ。その前年も国立劇場で玉三郎を観たので演目が錯綜しているが、「毛抜き」は「鳴神」と同じときに観た。それが雷神不動北山櫻だったのだ。

成田山開基1070年記念だそうで、ロビーに不動明王の祭壇(?)が出来ていた。私もなんとなく手を合わせておいた。あれがある分、今月は休憩時間に座って食事をする場所が少ないので、きょうは窓辺にサンドイッチとコーヒーを置いて立って食べた。

最初に海老蔵の口上があったが、ギリギリに到着してなおかつ切符忘れの仮チケットを発行してもらっていたために見られなかった。(チケットは実は持っていたことが後になって判明。)

「発端」には鳴神上人、黒雲坊、白雲坊、という馴染みのあるキャラが出る。

「序幕」の一場では海老蔵は早雲王子。王子様、と呼ばれるのが合うという思いと昨今の○○王子ばやりが重なる。 文屋豊秀役の段治郎は姿が美しく台詞も立派。二場では海老蔵は安部清行。

二幕目は「毛抜き」。海老蔵は粂寺弾正。この役は二年くらい前に歌舞伎座で観た団十郎の方が天真爛漫でよかった。

三幕目は「鳴神」に行く前に一場があり、ここで、清行とその従者達が客席通路を歩いた。「鳴神」は普段のものとは違う。台詞が少しカットされているような気がする。鳴神上人と雲絶間姫(芝雀)は最後に岩屋に入らない。鳴神は酒を飲まされてその場で寝てしまう。その後の雲絶間姫の行動も短くなっている。注連縄を切ると竜が滝を昇っていくが、普通は小さいおもちゃのような竜なので客が笑うが、今回は「千と千尋の神隠し」のハクのような大きな竜が昇っていく背中が見える。客席はごく自然に受け入れたようで笑いはなかった。この方が良い。鳴神が怒りの形相になってからも、普通はやらない梯子乗りをやる。

海老蔵の鳴神を観るのは二度目だが、去年の7月に観る予定だったのを海老蔵のケガのために観られなかったので、半年遅れでもバージョン違いでも見られて嬉しい。しかし席はずーーーっと遠くなってしまった。(きょうの席は舞台上手と花道の最後が少し見切れる以外は全体が見通せる良い席ではあったが) 海老蔵は鳴神の役を既に自分のものにしているせいか、団十郎の台詞まわしを思い出したりしなかった。愛之助の鳴神では思い出したのに。

大詰めの二場では朱雀門が出てきて、その前と屋根の上で立ち回りがある。うずくまっている人の上を飛び越えてトンボを切ってから自分もうずくまり、ということを繰り返してうずくまっている人の列が次第に長くなっている上を飛び越えてトンボを切るのを猿之助の公演で観たことがある。朱雀門の屋根の上の立ち回りも観た記憶がある。

次の場が最後で、海老蔵は不動明王だった。空中浮遊なのだが、仕掛けはわからない。最後にキラキラしたカットテープと、(たぷん)蓮の花の形の厚紙を撒いた。

どんなものか観たかったので観られてよかった。もう一度観たいと思うほどではない。

2008年 新春浅草歌舞伎 第二部 4回目 ― 2008/01/14 21:57

2008年1月14日 浅草公会堂 午後3時開演 1階い列21番

年始挨拶は亀鶴。去年はこしらえをして挨拶したので、素顔をこんなに近くで見るのは初めてだ。獅童と並んで現代青年というしゃべり方の人。こんなに普通の東京圏のしゃべり方の人がよく浪花花形に出てるものだ。舞台は、お客様に足を運んでもらわなければならない、お客様といっしょに作り上げるもの、という話をし、拍手のタイミングがよくわからないと質問を受けることがあるがそれはいつでも良い、ただ最良と思うのは見得のとき、と言って羽織袴でトンボを切って客席に降り、最前列の女性に見得の真似をさせた。 花道の説明、附け打ちさんの紹介など、歌舞伎鑑賞教室風。

「金閣寺」

きょうは舞台に近い席なので細部がよく見えた。そのせいかきょうも眠らないで見通した。前回の愛之助の挨拶のときの演目紹介で、「碁を打って」と言って指を碁石を持って打つ形にしたので歌舞伎ではこれも型としてあるのかと興味深かったが、大膳役の獅童と東吉役の勘太郎が碁を打っているとき、獅童は指を真っ直ぐのばして石をもって打ち、勘太郎は指を丸め気味にしているのが面白かったのでずっと見ていた。何手も打っているが、決まっているのだろうか。

勘太郎はきょうも良かったが、碁盤の見得が終わって座敷に戻ったあたりで、右側の額の上の羽二重が浮いて、額に横線が入って見えた。一度引っ込み、戻ってきたときは直っていたが、じっと顔を見てしまった。

大膳が刀を掲げたときに滝に出る竜は棒にぶら下がっている小さいのだが、昨日の鳴神の大きな竜を見た後では、これも大きな竜にしてほしいという気になる。

雪姫の亀治郎を桜の木につなぐのは東吉の勘太郎だが、実際には綱を持って桜の木のところに行くと黒衣さんが待っていて綱を木につなぐ。この黒衣さんは桜の木の前にうずくまった亀治郎の簪や着物を直していた。

雪姫の夫役の七之助は上半身を縛られた状態で歩いてくるが、別れを惜しもうにも雪姫のように首を振って悲しみを表現できるわけでもなく、難しいだろうと思った。

桜の花びらが降りはじめ、その中で雪姫が動きだす。金閣寺の前に桜の花びらが降り、その中で美しい(という設定の)姫が踊っている。なんと贅沢な美しさだろう。桜の花びらがあんな風に降ることはないが不問とする。桜の花びらは、やはり前に歌舞伎座で見たときよりも長い時間降って、最後はこれでもかと多量の花びらが降った。亀治郎の鬘や着物の上に積もり、特に首の後ろの襟のところにたくさんたまっていた。後で亀治郎が動くとき、その花びらが散って綺麗だった。

足元に積もった花びらは見えないが、白くて赤い目のハツカネズミはよく見えた。黒衣さん2人が棒につけたのを持っていて、最後に、亀治郎の身体の左右でネズミの背中が割れ、中から桜の花びらが散って、黒衣さんたちは左右に刷けた。

亀治郎は近くで見ると踊りも台詞もうまい。今度玉三郎の雪姫を観るときは近くで見たいな。良い席が買えれば。

獅童は容姿も台詞も良いが、やっぱりまださわやかお兄さんの役が似合う。去年の知盛は良かった。大膳は迫力不足。大膳は、わけのわからないエネルギーを感じる海老蔵で見たい。

「与話情浮名横櫛」

愛之助の与三郎が良くなっていて嬉しかった。見染の場は、あのつっころばし路線でかまわないのだろう。個人的にはあそこはどうでもいい。問題は源氏店である。

源氏店の与三郎はキャンキャンした感じが消えて、大分男らしくなっていた。低い声の部分が増えたように思う。私の好きな高さの声が多くなって、そうなると台詞はうまいので気持ちよく聞ける。

安といっしょに花道を出てくるときは、前から見るのはきょうが最後と首を回して顔をしっかり見たが、ほっかむりの顔が良くなった。玄関先に後ろ向きに座っているとき、きょうの席からは4日の席から見えた綺麗な斜め後ろ姿が見られなくて残念だった。

お富であることに気づき、「立派な亭主のある体」と聞いて、「ただではすまさない」みたいな決心を固めるところが身体の動きに現れていて、とても良かった。安とのやり取りの声もとても良くて、「よしイケ!」という感じだった。

イントネーションが微妙なところはあるが、そんなところが気になるほど全体が良くなっていた。着物の着方と顔にはまだ改良の余地はあるが。片方の裾をまくって片方の足が見えているときの、まくってない方の裾の位置が気に入らないのだが、あれで良いのだろうか。わからない。

愛之助は「比べないでください」と言っていたが、きょう仁左衛門と比べて愛之助の勝ちと思ったことが一つあった。腕の太さ。傷を見せるために袖をまくって腕を見せるが、その腕が筋肉質で太く、男らしい。

きょうはロビーで舞台写真を売っていて、勢揃いの時の日本駄右衛門の顔が気に入って買った。あの顔で与三郎ができたら男らしい中に若々しさがあって良いのだが。役毎に顔は決まってるんだろうなあ。そういえば、「久しぶりだなあ」の辺りで、何かの拍子に愛之助から白粉の粉がパッと散るのが見えた。

愛之助が今月の終わりまでには江戸の与三郎になることを期待している。

松竹落語特別公演「桂小米朝と柳家花緑」 ― 2008/01/20 22:19

2008年1月20日 午後5時開演 浅草公会堂 1階こ列5番

きょうは新春浅草歌舞伎の第二部は休みで代わりに落語の公演があった。花道の外側の席だが前の人の頭が全然じゃまにならない席だった。

柳家花いち

この人が演者を書いた紙をまくったり座布団をひっくり返したりしていた。 長屋の住人が、大田道灌が蓑を借りようとしたときに娘に見せられた山吹の歌を大家に紙に書いてもらって友達に雨具を貸すのを断ろうとする話。普通のしゃべりの時の発音が聞き取りにくい。大家がしゃべるときの落語のしゃべりになった方が聞きやすい。

桂こごろう

関西の人だが、この人のしゃべりの方が聞き取りやすかった。一日一万円で虎の毛皮を着て動物園の虎の檻で虎のふりをする話。オチを知っていたので聞いたことがある話だが、トラの歩き方が面白かった。確かにトラはあんな風に歩いていると思ったし、歩幅を広くすると順に犬、カバ、ワニになるのも面白かった。

桂小米朝

花道から登場し、すっぽんの辺りで立ち止まって客席を見回した。枕で、高槻現代劇場でも聞いた関西人の話をしていた。京都の人間は自分を関西人だと思っていない、というのは前回と同じだが、京都の人間も東京の人間と同じで値段が高いものをありがたがる、というようなことを言っていた。高槻の時は東京の人間が、と言っていたが。場所によって話の内容も微妙に変えるのだろう。襲名披露を演舞場でやるそうだ。話は「七段目」。先月あたりにテレビで木久蔵あらため木久扇がやっているのを見たが、あのときは八百屋お七の人形ぶりはなかったような気がする。歌舞伎を観たことがないとあの話はあんまり面白くないのではないか。歌舞伎ファンが見るとすごく面白い。あんな風になっちゃう若旦那の気持ちはよくわかる。まだ本題に入る前にやっていた団十郎の「ご新造さんへ」の物真似は、当然今の団十郎だろうが、大昔に観たので覚えていないが、あんな風にしゃべるだろうと納得できる台詞まわしだった。

柳家花緑

こちらも花道から登場したが、ところどころに立ち止まっていて、最後はブレイクダンスの真似をしていた。演目がどこにも書いてないのでわからないのだが、すこぶる真面目な若旦那が友達に吉原に連れて行かれる話だった。内容的にはとても面白い話だった。花緑の話は小さんが生きているときに読売ホールで聞いたことがあるが、あのときよりはうまくなったようだ。

20分休憩の後、2人のトーク。生活ホットモーニングに出た米朝の話をしていた。小米朝は浅草のようなところが大阪にはなく、しいて言えば新世界だが、と言うと笑う人が多かったが私は新世界のイメージがよくわからない。大阪についてどう思うかと聞かれて花緑は大阪のお客さんは怖いと思っていたが自分は自分をさらけ出す性格のせいか受け入れてもらえる、と言った。それに対し小米朝が、「僕は気取ってるから東京の方がむく」と言って、花緑がひっくりかえっていた。

トークの後、また2人の話。背景が金屏風ではなく海の絵になった。

花緑

与太郎が厄払いの仕事をする話。

小米朝

清水寺の茶屋で京都の茶碗の目利きがしげしげと見ていた湯のみを油屋が二両で買いうけ、目利きの家で鑑定してもらうが、しげしげ見ていたのは湯がもれていたからだ、といわれ三両貸してもらって帰るが、その話がおもしろいと最終的に湯のみが千両で売れる。京都の人と大阪商人のしゃべり方の違いが面白い。「見ることを希望します」というミカドの言葉がおかしかった。テレビでは入れられないネタだろう。 公家の家の女たちのしゃべる真似が小米朝の長所が出てとても華やかで良い。