歌舞伎座さよなら公演 三月大歌舞伎 夜の部2009/03/12 00:21

2009年3月11日 歌舞伎座 午後4時半開演 1階3列29番

「南部坂雪の別れ」

去年六月の「鹿鳴館」以来久し振りに見る団十郎が、間違って惚れそうなくらい良かった。

この演目は三年前に国立でやった時に観た。その時は最初の泉岳寺境内の場はなかった。愛之助がやった羽倉斎宮は最後の門外の場だけに出てきて、下手から歩いて来て内蔵助を一気に罵倒してサッと上手に引っ込んだ。今回は同じ役を我當がやっているが、泉岳寺境内の場にも羽倉斎宮は出る。

我當は声量はあるが台詞はあまりうまくない。足元が覚束なくて傾斜があるところは持っている傘を杖にしている。 団十郎は上手から出てきたので近くて良く見えた。 少し痩せて男ぶりが上がり、黒い肩衣がよく似合っていた。大石の内に秘めた決意が男の色香となって立ち上ってくるようだった。台詞を聴いて、やっぱり我當よりはうまい、と変な感心をした。二人の大根が一生懸命台詞を言っていると、うまい藤十郎と愛之助がスラスラ台詞を言っているより実(じつ)があるように感じる。

国立のときは第二幕の浅野家中屋敷で煤払いの日、腰元達が用人を持ち上げている、わりに華やかなシーンから始まったような記憶がある。 筋書きに紙が挟まっていたが、今月は筋書きに出ている宗之助が病欠で、かわりに腰元みゆきを芝のぶが演じている。

夜の部は演目毎に内蔵助の役が別の役者になるが、「昼行燈」というイメージにぴったりなのは団十郎だけだ。

「仙石屋敷」

ここでは内蔵助の仁左衛門がひたすらうまい。一番長い台詞のときは、それまでしょっちゅう咳をしていた人の咳も止まったくらい、みんな聞き惚れていた。 昭和62年にも今回と同じ通しを歌舞伎座でやったときに昼夜通しで観たが、この演目の内蔵助は吉右衛門で、孝夫は仙石伯耆守だった。仙石伯耆守は、今回の梅玉も良かった。詮議中に内蔵助が途中で咳きこんで、仙石伯耆守が別の人に振ったのは事故ではなくて芝居だったのだと、20年以上ぶりにわかった。

最初の場で屋敷の玄関先にいる梅丸は先月の勧進帳の太刀持のときよりも可愛く見えた。声はそんなに甲高くはないがちゃんと出ているということは、まだ声変わり前か。今は子供として頂点の状態にいるわけか。

「大石最後の一日」

これは、ない方が良かった。仙石屋敷で終わりの方が良かった。大石役の幸四郎が下手とかではなく、真剣な敵打ちの話に、見知らぬ男女の色恋沙汰が乱入してきたような違和感があった。前の二幕で浪士の真情に打たれていただけに、最後がこれなのは納得できなかった。

おみのは、なんと迷惑な女だろう。これから切腹の場に赴こうとする磯貝の心を乱している。それに、福助の演技もぶりっこのようで嫌だった。