四月大歌舞伎 第三部2021/04/06 00:47

2021年4月5日 歌舞伎座 午後6時開演 1階13列14番

「桜姫東文章 上の巻」

36年前の3月に「桜姫東文章」を観てすっかり心を奪われてしまい、今に至る。
8月以来、わりに淡々と歌舞伎を観てきたが、二度と観られないと思っていた玉三郎と仁左衛門の「桜姫東文章」が本当に観られるのかと思うと少しドキドキした。牡丹灯籠以来のポスターも買って玄関に貼った。

36年前に観た後に舞台写真満載の旺文社の文庫で復習したし、玉三郎と段治郎のも観たし、福助と海老蔵のも観たが、初めて見るような気がする部分も多かった。

序幕は花道でやっていた印象だったが、最後は舞台の上に稚児が淵ができて、香箱を持った白菊丸(玉三郎)が海に身を投げた。玉三郎はこの後、新清水の場で桜姫として登場するから早変わりになるのか、と思っていると、幕の前に功一が現れて、きょうの芝居は上の巻で、新清水の場は序幕から17年後のことである、と口上を述べた。

パッと明るくなる新清水の場は、赤い衣装の玉三郎。弟の松若は千之助だ。36年前は孝太郎だった。
清玄が念仏を唱えると、尼になりたい桜姫の手が開き、香箱が転がり落ちる。それを見て、桜姫は白菊丸の生まれかわりと知る清玄。桜姫を出家させると言って上手にはける。

桜姫一行が引き上げた後、局の長浦(吉弥)が一人で誰かを探しているような雰囲気で花道から出てきた。僧の残月(歌六)と落ち合って色っぽく迫る。この二人は最後までとても面白くて好きだ。残月の役は錦之助の方が年下の男の雰囲気があって良かったのではないかと思う。歌六の方がうまいが。

以前桜姫との縁談を断った悪五郎(雁治郎)は、桜姫の左手が開いたと知って気を変え、長浦に恋文の取次を頼むが、「左手が開いたら、お前なんか相手にしないわ、ふんっ」と断られてしまう。そこに、釣鐘権助に替わった仁左衛門が登場して、桜姫に手紙を届けてやろうと言う。権助は実は桜姫の父と弟を殺した男だった。

草庵の場。剃髪を待つ桜姫に、権助が悪五郎からの手紙を渡すが桜姫は復縁を拒む。
幽霊の話をする仁左衛門はいつもながら語りがうまい。
権助の腕の入れ墨を見た桜姫はハッとし、腰元たちを下がらせ、権助を中に呼び入れる。仁左衛門の草履の扱いが手慣れた感じでいい。
玉三郎が袖を顔の近くに持って権助を呼び入れるあたりの客席の雰囲気は、与三郎が「ご新造さんへ~」の台詞を始める直前の客席に似ていて、皆が固唾をのんで見守っている。
桜姫は権助に自分の腕の入れ墨を見せ、去年のことが忘れられずに同じ入れ墨を入れたと語る。そのときに子供ができて生まれた子供はよそに預けてあることも。
その後は濡れ場になるわけだが、初見のときに私には玉三郎が嬉々としてラブシーンを演じているように見えた。それは、権助に再会できた桜姫が喜んでいたということだろう。
横になった二人を隠すように御簾が下りた後、残月が上手からフラフラと出てきて、しきりと口を拭う。それを追うように長浦が出てきて、二人でこっそりと中を覗く。その後の興奮した様子の長浦と、それに怯える残月が笑わせる。

悪五郎も加わって、桜姫が寝ている現場に踏み込む。権助は逃げる。桜姫が責められているところに清玄が現れて桜姫を庇うが香箱の中に清玄の名を書いたものが入っていたので、相手は清玄だろうと言われ、寺を追放されることになった。
残月は清玄に替わって住職になろうとするが、長浦との不義が露見して、やはり追放される。

稲瀬川の場では桜姫と清玄が鞭打ちの刑を受けるが、この場面は記憶にない。
赤ん坊を預かっていた夫婦が、もう金が出ないからと赤ん坊を返しに来た場面は見覚えがある。
清玄は、こうなったからには夫婦になろうと桜姫に迫る。
そこに悪五郎が現れ、赤ん坊の奪い合いになり、最終的に清玄が赤ん坊を抱えて行く。
上の巻最後の三囲の場は、鳥居と階段がある場面で、これは見覚えがある。最初に観たときは両花道の仮花道の方を頭巾を被って赤ん坊を抱いた清玄役の孝夫が舞台に向かってゆっくり歩いて行くのをわりと近くから見た。今回は仮花道はなくて、仁左衛門は上手の上の方から出てきた。階段を降りて火を起こし、赤ん坊の濡れた着物を乾かしてやる。桜姫も赤ん坊を探して彷徨っているが、すれ違う。

初見から36年、綺麗な孝夫と玉三郎は二人とも人間国宝になり、自分も生き延びて、また二人の桜姫を観ることができたのは誠に目出度い。

初見のときは孝夫の権助が素敵で今回も一番楽しみだったが、衣装からうかがえる身体が老人だし、声も当時とは違う。吉右衛門と共演した「盟三五大切」の三五は権助系で、あのとき相変わらずかっこいいと思ったから、あの頃に再演してくれていればよかった。
そのかわり、今回は、仁左衛門がやると清玄がなんて素敵なんだろうと思った。初見のときは清玄みたいな情けない役は別の役者がやってもいい、と思ったのに。
この話の中で、権助は普通の悪党。桜姫は落ちていくお姫様。はじめに白菊丸と心中しようとし、生まれ変わりの桜姫に会ってからは死ぬまで執着して行く清玄が、一番とんでもない。この役を、高貴さを漂わせる仁左衛門が演じるのは最高。6月の下の巻が楽しみだ。