第二回 藝夢 (げいむ) ― 2010/05/20 22:21
2010年5月17日 国立能楽堂 午後六時半開演 中正面7列14番
能楽師の梅若玄祥と、息子の藤間勘十郎主催の催しである。勘十郎の「鷺娘」を楽しみに行った。
びっくりしたのは、私か座った中正面席がスカスカだったこと。私の列は12席に3人しか座ってないし、目の前の4席連続で空いていた。それなのに、正面席は満席。着物の人がほとんどで、休憩時間に気づいたのだがスーツ姿の富十郎もいた。中正面には某有名評論家がいた。
仕舞「藤戸」は10分。
次が「鷺娘」で23分。素踊り。帝国ホテルのトークショーの時に玉三郎が、「鷺娘」は先代の勘十郎が若き日の紫さんのために振りつけたものだと言っていたので、祖父が祖母のために振りつけたものを孫が踊るのかと期待したが、パンフレットによると、別の演出だそうだ。後半の傷を負った鷺が苦しみながら息絶えるところがない。細かい振付はわからないが、袖を羽のように動かす所作は同じ。勘十郎は正確に踊っていると思うが、体型がころっとしているので、鷺までは行かず、千鳥くらい。
この後、15分の休憩。 目当ての鷺娘は終わったので、後半は気楽に、と思っていたら、次の新作能「茨木童子」が、なんと70分。これが本日のメインイベントだったわけか。
久しぶりの亀井広忠の大鼓と掛け声が嬉しかった。シテは、叔母と茨木役の観世喜正。渡辺綱役の福王和幸はとても背が高い。
花柳流の襲名披露舞踊会で観た「茨木」と話は同じなのでわかりやすかったし、台詞も非常にわかりやすかった。襲名披露舞踊会のときは、叔母は、門を開けてもらうために幼いころの綱を可愛がった様子を踊ったのだが、今回の能では、それはなかったようだ。舞踊では、綱の館の中での叔母の踊りが゜、左腕を切られた鬼なので片腕だけ動かして踊るもので、一番の見ものだった。今回も、シテの一番の見せどころだったと思うし、長く舞っていたが、いつも「シテが出てくると眠ってしまう」自分の癖が出て、うつらうつらしてしまった。叔母が鬼の腕を持って橋懸りを逃げるところは、動く歩道を移動するような上下動のないツツーとした能の動きが、鬼神らしくてぴったりだった。
続けて、最後の番組は清元・筝曲「花月」。三味線と琴が出て来て、それも奏者が女の人で、不思議な気がした。生き別れの親子の再開の話で、梅若玄祥は能楽師らしく台詞を言い、勘十郎の方は歌舞伎風に台詞を言う。パンフレットの勘十郎の挨拶によると、彼が子供の頃に、父の梅若が、いつか共演したいと勘十郎の母に語っていたものだそうだ。子供が父の前でいろいろ踊って見せるという話で、勘十郎の踊りがたっぷり見られて私は大満足だった。そばで座って見ている父役の梅若は、嬉しそうな顔で勘十郎の方をじっと見ていれば良いのにと思ったが、能はそういうものではないのだろうか。
能楽師の梅若玄祥と、息子の藤間勘十郎主催の催しである。勘十郎の「鷺娘」を楽しみに行った。
びっくりしたのは、私か座った中正面席がスカスカだったこと。私の列は12席に3人しか座ってないし、目の前の4席連続で空いていた。それなのに、正面席は満席。着物の人がほとんどで、休憩時間に気づいたのだがスーツ姿の富十郎もいた。中正面には某有名評論家がいた。
仕舞「藤戸」は10分。
次が「鷺娘」で23分。素踊り。帝国ホテルのトークショーの時に玉三郎が、「鷺娘」は先代の勘十郎が若き日の紫さんのために振りつけたものだと言っていたので、祖父が祖母のために振りつけたものを孫が踊るのかと期待したが、パンフレットによると、別の演出だそうだ。後半の傷を負った鷺が苦しみながら息絶えるところがない。細かい振付はわからないが、袖を羽のように動かす所作は同じ。勘十郎は正確に踊っていると思うが、体型がころっとしているので、鷺までは行かず、千鳥くらい。
この後、15分の休憩。 目当ての鷺娘は終わったので、後半は気楽に、と思っていたら、次の新作能「茨木童子」が、なんと70分。これが本日のメインイベントだったわけか。
久しぶりの亀井広忠の大鼓と掛け声が嬉しかった。シテは、叔母と茨木役の観世喜正。渡辺綱役の福王和幸はとても背が高い。
花柳流の襲名披露舞踊会で観た「茨木」と話は同じなのでわかりやすかったし、台詞も非常にわかりやすかった。襲名披露舞踊会のときは、叔母は、門を開けてもらうために幼いころの綱を可愛がった様子を踊ったのだが、今回の能では、それはなかったようだ。舞踊では、綱の館の中での叔母の踊りが゜、左腕を切られた鬼なので片腕だけ動かして踊るもので、一番の見ものだった。今回も、シテの一番の見せどころだったと思うし、長く舞っていたが、いつも「シテが出てくると眠ってしまう」自分の癖が出て、うつらうつらしてしまった。叔母が鬼の腕を持って橋懸りを逃げるところは、動く歩道を移動するような上下動のないツツーとした能の動きが、鬼神らしくてぴったりだった。
続けて、最後の番組は清元・筝曲「花月」。三味線と琴が出て来て、それも奏者が女の人で、不思議な気がした。生き別れの親子の再開の話で、梅若玄祥は能楽師らしく台詞を言い、勘十郎の方は歌舞伎風に台詞を言う。パンフレットの勘十郎の挨拶によると、彼が子供の頃に、父の梅若が、いつか共演したいと勘十郎の母に語っていたものだそうだ。子供が父の前でいろいろ踊って見せるという話で、勘十郎の踊りがたっぷり見られて私は大満足だった。そばで座って見ている父役の梅若は、嬉しそうな顔で勘十郎の方をじっと見ていれば良いのにと思ったが、能はそういうものではないのだろうか。
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