演舞場の初日 昼の部 ― 2009/11/03 01:44
2009年11月1日 新橋演舞場 午前11時開演 1階1列
「盟三五大切」
染五郎の源五兵衛が今まで観た中で一番正しいような気がする。女に入れ込んで騙され、逆上して犯行に及んだ若い男、で良いのではないのか。 吉右衛門がやったりするから何か底知れぬ怖さのある、つかみどころのない男のように思えたりするが。
菊之助の三五郎は意外な配役だった。しかし、声やしゃべり方が男らしくて、単品では良かった。ただ、亀治郎の小万とできているようには見えない。話を知らないと小万は本当は源五兵衛が好きで、三五郎の方が騙されているのではないかと思える。亀治郎は色っぽくてうまい。花形ばなれしている。
愛之助の六七八右衛門は、旦那の代わりに罪をかぶって別れていくところは哀れさがあって良かった。 しかし、最初の方は情けない顔でオロオロして滑稽さを出そうとしているだけで、この人物の生活感がない。前に染五郎が同じ役をやったときは旦那の源五兵衛が吉右衛門だったので染五郎は若い使用人で可愛かったし、去年の歌昇は、家事一切をやっている人間に見えた。今月は旦那が染五郎だから愛之助は可愛い路線ではダメ。 歌昇のように「その鍋を持っていかれては」と言う台詞が真実味を持って客の耳に響くような人物を演じてほしい。
虎蔵役の松也が良い。立ち役は良いと思うときがあまりなかったが、うまくなったのか、役が合うのか。梅枝は去年と同じ芸者の役で、今回も良かった。
五人切りの場で、小万と三五郎が布団をかぶって逃げるのは怖さと笑いが同居する見せ場だが、今まで観たように下手の戸を開けて逃げるのではなく、源五兵衛が入ってきた丸窓の障子から逃げる。だから簡単で、二人が布団をかぶってウロウロしている時間が短い。
殺した小万の首が口を開けるところで、去年の仁左衛門は一瞬だがはっきりと、ひどく驚いた顔をして見せた。染五郎は、あんなはっきりとわかる驚いた顔はしない。
「四変化 弥生の花 浅草祭り」
松緑と愛之助の舞踊。
最初の武内宿禰と神功皇后は二人とも衣装も化粧も似合わず、踊りも面白くなかった。
「三社祭り」は去年観た勘太郎のような正確さと美しさは感じなかったがテンポのある踊りを観ているのは楽しい。善と悪のお面をかぶってからが特に良かった。善と悪の文字は人の顔のように見える。悪の文字のヒゲにあたるところに穴があいているようだったが、全体的に、ぼんやりとでも前が見えるような構造なのだろうか。それでないと二人で組んで踊れないはずだ。松緑はいつもお面をかぶった方が踊りのうまさがわかる。愛之助は顔があった方が良いと思ったが、上手に引っ込む前の踊りは、身体だけで楽しさを十分に表現できていたのでちょっと感動した。
後見は千蔵と辰巳(?)。はじめて気づいたのだが、千蔵が必ず愛之助の方を手伝うわけではなく、後見のいる場所は同じで、踊り手が逆の位置に来ると、自分の方に来た踊り手の着替えを手伝う。
引っ込んだ愛之助はつっころばしの若旦那風な姿で再登場。きょう初めての綺麗な顔。歩くと着物の前が翻るような着方は関西風の着付けなのだろうか。私は着物のことは全くわからないが、愛之助の与三郎の見染の場で気づいた後、仁左衛門の伊左衛門、藤十郎の忠兵衛も同じような着方をしていると思った。
松緑は大昔の少年漫画の時代物に出てきそうなキャラ風の風貌で、花道から現れる。「通人・野暮大臣の場」は一番マイナーだが、二人ともニンに合っていて一番だった。
最後は石橋。筋書きに載っている愛之助の獅子の姿は立派で、国立劇場のロビーに立たせたいほどだ。顔だけだと愛之助の方が立派だが、毛振りは松緑が自信たっぷりで力強い。
最後は大きな拍手を浴びていた。衣装も化粧も替えながら4つの踊りを立て続けに踊るのは大変だろう。初日から失敗もなくよくやったと思う。
演舞場の初日 夜の部 ― 2009/11/03 14:17
2009年11月1日 新橋演舞場 午後4時半 開演 1階2列
「三人吉三」
あんまり好きな芝居ではない。今回は、5年前に歌舞伎座でやったのよりはましだった。菊之助のお嬢は、男に戻るとちゃんと男の声になるし、それなりの動きをするので、この役の面白さが出せている。玉三郎がお嬢をやるのは間違いだと思う。
愛之助のお坊は久しぶりに仁左衛門の顔と台詞回しを思い出す役だった。台詞はうまいと思うが、無理して太い声を出しているのがわかる。弁天が良かったし、本来はお嬢のニンなのかもしれない。
松緑は相変わらず舌足らずではあるが兄貴分の貫録があって良かったと思う。
「鬼揃紅葉狩」
鬼が出る紅葉狩りというと、玉三郎がやったのが好みでなかったので警戒していたが、これは楽しめた。
更科の前、実は戸隠山の鬼女の亀治郎が、初役で、いつになく真剣な顔をして踊っていたので、それだけでも観て良かった。
花道を出てくるとき、亀治郎の手を引いている侍女が、最年長の吉弥。亀治郎のすぐ後ろにいる女形が、こんな美人いたかしらと思うほど綺麗で、それが松也だった。化粧の腕が上がったか。おそらく年の順で、梅枝、巳之助、右近、隼人と続く。絶世の美女はいなくても、これだけ若い子ばかり並べるとやっぱり華やかだ。踊りも、3人で踊ったり、2人で踊ったり、1人で亀治郎にからんだり、個人技が見られて見ごたえがあった。 立鼓の傳次郎が舞台後方の真ん中にいるのだが、さすがに今回は亀治郎の踊りと若女形達を観るのが忙しくて、傳次郎には目が行かなかった。
隼人を立役で観られないのは残念だが、十五歳の隼人の女形姿というのは何年か後で振り返ったら希少価値のあるものかもしれないと考えなおしてしっかり目に焼き付けた。 尾上右近、巳之助と3人でいっしょに踊ったりして、偉い。
菊之助の踊った神女が、普通の紅葉狩の山神にあたるのだろう。
維茂の役は玉三郎の紅葉狩で海老蔵がやったときはただ寝顔を見せるために出てきたような印象だったし、松緑が海老蔵の更科姫のときにやったときは踊らないのが不満だった。今回は、女子供の中にいる唯一の大人の男としての存在価値を感じた。
更科の前と侍女達が鬼女の化粧になると、玉三郎の時もそうだったが、どれが誰かわからなくなる。身長と長い指を頼りに隼人を探した。たぶん、一際小さくて立体的な顔の鬼女で、最後は後ろの一番上手で毛振りをしていたのが隼人だろうと思う。必死に隼人を探して、ふと気づいたら近習役の種太郎が目の前に来ていた。種ちゃん!
歌舞伎座さよなら公演 吉例顔見世大歌舞伎 夜の部 ― 2009/11/23 03:01
2009年11月17日 歌舞伎座 午後4時半開演 1階12列27番
「仮名手本忠臣蔵」五、六、七、十一段目
4時近くまで普通に働いていたので、観劇中どこかで寝るだろうとは思っていたが、一番寝やすい六段目はもちろん、食事の後の七段目でも眠って、勘平とおかるの別れのシーンを見逃し、七段目では気がついたら由良之助がおかるの簪をさしていた。
勘平が二年前と同じなので、見慣れた感じがする。仁左衛門の勘平は悲壮で良かったが、今回は菊五郎の勘平の良さを発見した。腹を切った後の述懐には、時として、こいつふざけてるんじゃないかと感じるような、自然な滑稽さがある。色に耽っていた頃が容易に想像できる勘平、勘違いで腹を切ってしまうような愚か者の勘平には、仁左衛門よりも菊五郎の方が合っているのではないか。若い孝夫はいつの間にかいなくなって、仁左衛門は立派すぎる。
七段目は、由良之助、おかる、平右衛門の三人とも、演技がくどい。福助のおかるは御園座の方が良かった。幸四郎は台詞が聞き取りにくいし、兄としての情愛も感じなかった。仁左衛門の由良之助はうまくてかっこいいが、この人独特のふんわりとした雰囲気がもう少し欲しかった。仁左衛門は昔より無理して声を出していて、それが演技の柔らかみを損なっているように思う。
十一段目の立ち回りは御園座では柔道のような動きがなかったが、歌昇と錦之助はやっていた。それでも、前回の歌昇松江コンビのときとは少し違う。細部はその時々で違うものなのかもしれない。錦之助は雪合戦の雪玉をまっすぐ遠くまで投げていて、それが綺麗だった。
最後、服部逸郎役の梅玉が馬に乗って花道から出てきて、浪士達が引き揚げた後、舞台の真中で1人で拍手を浴びて幕になる。私はこういうのは初めて観たが、偶然歌舞伎座で会った同じ会社の人によると、花水橋のときはこういう演出なのだそうだ。
一番後ろにいて大きな木槌(?)を担いだ平右衛門の姿が懐かしい。孝夫がこの役をやった両国橋の引き上げのとき、名前が呼ばれると大きな拍手を浴びていた。
歌舞伎座さよなら公演 吉例顔見世大歌舞伎 昼の部 ― 2009/11/24 01:15
2009年11月21日 歌舞伎座 午前11時開演 1階9列5番
「大序」
人形の口上が始まる。座席の位置のせいか、御園座のときは人形の方から声が聞こえていたが、歌舞伎座では、人形は舞台中央にいるのに、声は下手から聞こえる。
幕が開くと、役者が皆、目をつぶっている。首の角度は人によってまちまち。目をつぶっている若狭之助の顔は、御園座の愛之助の方が梅玉より綺麗だった。富十郎の師直は二十年以上前にも観た。あの頃は役者として全盛期だったのだろう。今でも足元は不自由なものの口跡は素晴らしくて師直らしい憎々しさがある。
夜の部は、七段目の福助が御園座の時より良かったと思う以外は、今月の芝居が同等かそれ以上に良かったのだが、昼の部は特に御園座のメンツが懐かしかった。富十郎は良いが、左団次の師直はニンに合って今が全盛と言える好演だったし、直義の七之助が普通にうまいのが、ちょっと浮世離れした進之介に比べて物足りない。
一番懐かしかったのは、「性格温厚」と顔に書いてあるような橋之助の判官。勘三郎の判官は良いだろうと予想していたし、確かにイメージ通りの判官ではあるが、温厚な人間というより、感情を表に出さない人間に見える。判官が性格温厚に見えなければならないのかどうかは知らないが、橋之助の判官に魅せられてしまった。
「三段目」
刃傷の場で緊張が高まって以降は、きっちりした雰囲気の勘三郎の判官の魅力が増す。
「四段目」
石堂(仁左衛門)と薬師寺(段四郎)は御園座とは逆だが、やはり身長差コンビ。
きょうの席は花道のすぐ横で、花道を通る役者の表情がよく見えた。 花道を引き揚げる家臣達がそれぞれ皆悲しそうな顔をしているのに感心した。
城明け渡しの場では家臣達がたくさん花道にいて、互いに議論を戦わせる様子をすぐ横で見られて迫力があった。佐藤与茂七役の萬太郎の顔がよく見えて、声も聞こえた。
四段目の大石は御園座の団十郎には満足できなかったが、今月の幸四郎もイマイチ気に入らなかった。団十郎は貫録不足、幸四郎は気持ちの不足。
「道行」
時蔵の衣装も御園座の孝太郎と同じ矢絣。時蔵は美人なんだから玉三郎のように派手な衣装にすれば良いのに。踊りは孝太郎の方がうまかった。
御園座でもやっていたが、久しぶりに歌舞伎座で、上手から巻いた長い御座を投げて下手までびしっと引く技を見られてうれしかったが、昼の部を二十年も見なかった理由がわかった。御園座の時は久しぶりに観たので新鮮で面白かったが、夜の部の五、六、七段目のように何度観ても面白いような話ではない。
田中傳左衛門プロデュース 「歌舞伎の未来」 ― 2009/11/24 01:17
2009年11月23日(月) 東京芸術劇場・中ホール 午後3時開演 1階G列24番
きょうの催しは傳左衛門のプロデュースで千之助が中心だ。傳左衛門は今月は八千代座の公演に行っていたはず。傳次郎は演舞場に出ている。仁左衛門は歌舞伎座に出ている。
最初の「口上」の幕が開くと、大きな松の絵を背景にして、千之助が真ん中にちょこんと座っていた。「待ってました」「松島屋」と声が掛った。すました顔は利口そうで成長を感じさせるが、笑うとタレ目になるのが松嶋屋の証明か。「皆様本日は・・・・・隅から隅までずずずいっと請い願いあ~げたてまつります~」と立派に挨拶できた。
次は私の一番好きな「道成寺組曲」の素囃子。南座で聴いて三響会にはまった曲だ。三兄弟と、笛は福原寛。広忠はきょうも激しくシャウトしていた。
この後、10分休憩。休憩時間には、千之助のクラスメートらしい子供達が、私の何列か前に座っていた担任の先生と思われる女性のところに来ていた。
休憩の後は藤間勘十郎の踊り、傳左衛門の鼓、福原寛の笛で「一調 獅子」。二枚扇を使った踊りだ。勘十郎の表情は時に白目を剥くような感じで人によっては笑うかもしれないが、私は彼の確信に満ちた迷いのない踊りが好きだ。
この後、20分休憩。
休憩後は仁左衛門の「ご挨拶」。幕が上がると羽織袴の仁左衛門が1人で立っていた。千之助も交えて三兄弟とお話するのかと予想していたのだが、こんな偉い人相手にいつもの乗りのトークは無理ということか。
仁左衛門は、孫につられて、芝居中の孝太郎のかわりに来た、ようなことを言っていた。三兄弟と勘十郎の名を挙げて褒め、傳左衛門が十六歳で立鼓で歌舞伎の舞台にデビューしたことを話した。 兄弟の母の佐太郎さんは「残念ながら」女性で歌舞伎の舞台には立てないけれども、三兄弟が生まれて活躍している、という話から兄弟の祖父の傳左衛門に言及し、今はもう覚えておられる方が少なくなったと思われるが、格調高い演奏で、とても腰の低い人だったという話をした。また、囃子方の仕事は客の前で演奏するだけでなく、「ゴーン」という鐘の音や、時計の音も、囃子方が出している、と言った。 歌舞伎は、きれいな女の人が殺されて、それに拍手するような変なところがあるが、それをおかしいと感じさせない力が歌舞伎にはある、という話もした。また、役者だけでなく客の方も成長しないと「あきません」とも言った。「歌舞伎の未来」というのは御大層なタイトルだが、五條橋の千之助と勘十郎を見て観客がこの人達の二十年後三十年後を考えてくれたら良いのではないか、というようなことを言っていた。仁左衛門がこんなに長く1人でしゃべったのを聞いたのは初めてだ。 襲名の口上も苦手そうなのに、こんなところでしゃべらされて気の毒な気がした。
最後は「五條橋」。牛若丸の千之助と弁慶の勘十郎の、素踊り。広忠はいなくなっていて、大鼓は住田長十郎。傳左衛門、傳次郎が小鼓で、笛は福原寛。 怪獣のような勘十郎の弁慶と、果敢に戦う小さい千之助の牛若丸が、この踊りのイメージにぴったりだ。千之助がかぶっていた薄い白い着物を勘十郎に投げ、それを勘十郎が薙刀の先にひっかけて後ろに飛ばしたのが良いチームワークでかっこ良い。2人とも真剣で、とても見応えがあった。 観客のほとんどが千之助の成長を楽しみにしている人たちで、その人たちといっしょに盛大な拍手を送るのは気持ちの良いものだ。
終演は4時20分を少し回った頃。一時間半弱の短い公演だったが、好きな人ばかり出て、とても楽しかった。
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