永楽館大歌舞伎 20112011/11/06 20:34

2011年11月5日 永楽館 午前11時開演 1階

永楽館大歌舞伎は今年で4回目。私が行くのは3回目。去年に続いて竹野海岸休暇村に泊った。去年もほとんど同じ頃に来たのに、今年は柿の実がいやに目に入り、去年もこんなに柿が成っていたかしらと思ったが、宿の人によると、今年は柿が豊作なのだそうだ。

豊岡の駅前が工事中で、バス停の位置が変わっていた。観光案内所に行って「出石行はどこですか」と聞いたら、永楽館のパンフレットもくれて、親切に教えてくれた。 帰りに気付いたが、豊岡の駅そのものも建て替えられていた。

「引窓」

お早役の壱太郎が素晴らしい。お早がこんな良い役とは今まで気付かなかった。 観る前は、この役については特に期待がなかったし、壱太郎が出て来たときは、若い子は肌が綺麗でアップに耐えるわ、と思った程度だった。それに、若い妻にはぴったりだが、遊女上がりというのは壱太郎に合ってるのだろうか、という疑問もあった。しかし、ノレンの前で両手の指で指さすような仕草をするところで、この人には、ナメクジを踊ったときに見せたような風変わりな色気があることを思い出した。他の役者で観たときは気付かなかったが、踊りの得意な壱太郎で観ると形が際立つ所作が多い。「私は打ち掛けを着て・・・・」とか、前掛けを持って、「お馬に乗ってハイシードォドォ」のあたり、とても綺麗だった。

次の幕の口上のときに、壱太郎はこの役をとてもやりたかったと言っていた。たしかに、気の入った演技だった。機転がきく、遊女上がりの若妻。自分にぴったりの、やりがいがある役だと思ったのだろう。壱太郎の芝居のときは声に難があるのを感じるのが常だったが、今回はそれが全く意識に上らなかった。未来の名優の、若いときの貴重な舞台を見ることができたのだという気がする。いつか、壱太郎の台詞で「俊徳さまの御事は寝た間も忘れず・・・」を聴くのが楽しみだ。

愛之助の与兵衛も良かった。染五郎の与兵衛を観たとき、「私はあなたの子でござりまするぞ!」と母のお幸に言うところで気持がよく伝わってきたので、愛之助はどうだろうと、ここの台詞を聞くのを楽しみにしていた。愛之助は、義太夫狂言らしく、それでも形だけにならず、心がこもっていて、良かった。染五郎はもっと生の感じで、義太夫狂言としては愛之助の方がうまいのだろうが、それでも心に沁みた。2人とも、それぞれ自分に合った演技で、良い与兵衛だった。

愛之助は、衣装のせいもあって、特に前半は、色男の染五郎と比べるとやっぱり地味な人だという印象を受けた。しかし、手水鉢に映る長五郎の姿を認めて悟るあたりの動きも、観客にわかりやすいし、全体に、愛之助はやっぱり義太夫狂言得意なのだと感じる。

錦之助の関西弁は、なんとなく不安。どこがどうおかしいと自分には指摘できない分、余計に不安。でも、相撲取りの大きな雰囲気は出ていたし、親子の情もあって良かった。ただ、二枚目を活かせる役でないのが少し残念だ。番付に一番大きな写真で載ってる、河内山のときの悪い殿さま松江出雲守の役は、錦之助の品と美貌と、年齢からくる崩れた雰囲気まで活かしていて、実に良かった。この役を一番大きな写真にすることに決めた人に感謝。

与兵衛は最初、三原伝造(隼人)と、平岡丹平(當十郎)に続いて花道から出てくる。平岡役の當十郎を、ごく最近観た覚えがある。しゃべり方に特徴があるのでよく覚えている。愛之助の義賢に、髑髏で頭を殴られていた人だ! この前の日曜に観たばかりだ。

隼人は顔が細く鋭角的になった。最近、女形をやることが多いから立役を見られるのは嬉しい。普通の出来。なんとなく、歌昇になった種太郎を思い出す。

お幸役の吉弥は、7月から毎月観ている。愛之助の父になったり母になったり恋人になったりと役の幅が広い。お幸は、実の息子の長五郎の人相書を売ってくれるように義理の息子の与兵衛に頼む。それは、単純な実の息子可愛さだけではなく、5歳までしか育てていない負い目があって、謂わば借りを返すつもりなのではないかと考えた。自分が育て上げた息子なら、罪を犯したならばつかまえられて当然と考えるのではないか。

役者が熱意を持って丁寧に演じてくれたおかげで、この芝居の良さがよくわかった。

「口上」

この日は豊岡市長が観に来ていて、市長に対し、これからもこの公演を続けてくださいというお願いが多かった。

最初は愛之助。永楽館歌舞伎も4年目となること。初めて来たとき、出石に来たら人っこ一人いなくて、お練りの前には、役者の方が見物人より多かったらどうしようかと心配したが、お練りが始まったらたくさん人が出て来たこと。

壱太郎。前回は最後の幕に出なくて出歩く時間があったので、出石に詳しくなった。出石は蕎麦だけではありません、と出石の宣伝。市長が来ているのを知り、豊岡市の宣伝まではできないのでよろしくお願いします、と。その後が本題で、お早をどのくらいやりたかったか、という話。「茶壷」は、普段やらない立役なので、鷹揚のご見物を。

錦之助。
壱太郎の父の翫雀は一つ違いで、小学校から高校まで同じ学校で仲良くしてもらった。初めは一つ上だったが、なぜか 高校のときは二つ上になっていた。息子の隼人は、鹿児島で生まれたので隼人という名をつけた。吉弥と恋人同士の役のとき、ラブシーンの稽古を何回もやった。何回やってもうまくいかないと悩む吉弥さんに、誰かが「あんたがいつもやってるようにやればいい」と言ったら、吉弥さんは「私はそんなことは一度もしたことはありませんっ」と答えたほど、ゲイ道一筋の人です。愛之助の祖父の十三世仁左衛門と錦之助の祖父は、西の片岡、東の小川と言われたほど、どちらも子福者。愛之助さんにはまだ伴侶もお子さんもいない(?)が、良い伴侶を得て、お子さんをたくさん作ってほしい。

吉弥。 錦之助さん、後で楽屋でまたラブシーンの練習をしましょう!
あるおそばやさんで愛之助さんに間違われてタダでおそばを食べられた話は、去年と同じ。中貝市長の話を中川と間違えて、周りに治されていた。

隼人。 私の席は隼人を正面に見る席で、前の人の背が高くて見づらかったので、隼人の口上のときだけ、胡坐を正座にして座高を高くしてみた。 高校三年で、十七歳です。中間テストがあった。その前のテストは悪くて親にも見せられなかったが、今回は赤点は一つもなかった。愛之助さんはお蕎麦を20皿食べたと聞いているが、それ以上食べたい。


「茶壷」

前に、今は菊之丞になってしまった青楓と、逸平のを見た。歌舞伎とは違うわけだが、青楓がやった方を壱太郎、逸平がやった方を愛之助が踊る。

田舎者麻胡六役の壱太郎は、先に「ザアザアザア」とか声を上げてから、茶壷をかついで花道から出て来た。顔は素顔に近いような化粧。お母さん似だと思うが、やっぱりお父さんにも似ている。花道を踊りながら行く足取りがしっかりしている。

麻胡六が舞台の上で居眠りを始めると、熊鷹太郎役の愛之助が花道から出てくる。ドロボウ、という感じのヒゲ面。こういう顔の愛之助は初めて見たかも。ヒゲ面だけど、元々綺麗な顔立ちなので、よく見るとやっぱり綺麗な顔。前に下げている帯が、追い掛け五枚銀杏の模様だった。舞台に行って、居眠りしている麻胡六の茶壷に目をつけ、片方の紐に腕を通す。

麻胡六が、泥棒だと騒ぐと、熊鷹も同じことを言って騒ぐ。 青楓と逸平がやったとき、茶壷を自分のものだと逸平が主張したときに青楓が信じられないという顔でじっと逸平を見るのが印象的だったが、歌舞伎にはその様子はない。

騒いでいると、目代(吉弥)が出てきて、自分が事情を聞いて、どちらの言い分が正しいか決めるという。吉弥は富樫みたいな長袴で、踊る。吉弥の踊りはあまり観たことがないが、うまい下手はともかく、自信を持った顔で踊っているのが流石に役者だ。

基本的に熊鷹は、麻胡六と同じことを言う。麻胡六が、茶の由緒・因縁を説明するために長い台詞を言うが、それを聞こうと目代の後ろで耳を傾ける熊鷹を見ると可笑しさがこみ上げる。そんな長い台詞、覚えられるわけないじゃないか。
しかし、その後、熊鷹は、自分も説明すると言って、麻胡六と同じことを言おうとする。しかし、「栂尾」みたいな固有名詞は「オアオオ」みたいに怪しくなっているのが笑える。

愛之助は普通の踊りの時にも役者の癖なのか顔の表情をいろいろに変えることが多いが、今回の演目では、それが完全にプラスに作用していた。、

その後、麻胡六の舞を熊鷹がまねる。壱太郎のきっちりした踊りと、愛之助の、まねようとして崩れた踊り。青楓と逸平がやった方が手本と真似がはっきりしている。歌舞伎のは、真似の方もある程度踊りとして完成されたものだ。それでも、面白い。壱太郎はもちろんうまいが、愛之助も踊りがけっこううまいと思った。

結局、踊りでも決着がつかず、熊鷹は真似をするので、麻胡六は目代の耳元でささやくことにする。

ききとれなかった熊鷹は、目代の耳元で「上村吉弥は飲みすぎだ」とささやく。これはお遊び。吉弥は、普段着なれない長袴で動きにくそう。

最後、熊鷹はうそを見破られるが、茶壷を持って花道へ逃げ、麻胡六もこれを追って花道へ。追って行く壱太郎の踊りが最後まできちんとしていた。
舞台には目代の吉弥が残って、幕となった。

これで終わりだが、みんな拍手していた。去年まではカーテンコールなかったから私は席を立って入り口に向かったが、お茶子さん達も拍手しているからカーテンコールがあるのだろうと思えて来た。幕が開いたので、後ろに立って観た。下手から吉弥、愛之助、壱太郎。吉弥は長袴を脱いで、足が少し見える着物になっていたので、しきりに足を隠そうとしていた。壱太郎は「暑い」と言った。