浪花花形歌舞伎 その22006/04/10 23:12

2006年4月10日 第一部 正午開演 一階4列15番

「伊勢音頭恋寝刃」

大阪に来た一番の目的がこれを見ること。20年近く前、はじめて大阪に来たのは孝夫の貢を中座で見るためだった。そのうち海老蔵の追っかけをするかもしれないとは予想していたが、愛之助の追っかけで大阪に来るなんて三ヶ月前には予想もしなかった。去年の6月に染五郎と孝太郎の忠兵衛・梅川を見たときはあのコンビを応援したいと思ったのに、仁左衛門に似た愛之助を見た後はどうでもよくなった。

最初は宿屋の場。 花道から駕籠が出て来て、そこから貢役の愛之助が降りてくる。貢はしばらくしないと出てこないと思っていたので意外。そして、しょっぱなから愛之助が見られて嬉しい。第三部とは違ってきょうは仁左衛門の顔をしている。藤浪左膳役の進之介とのやり取りが始まる。進之介は昨夜とは違ってまともに台詞を言っている。口から息が漏れてる感じもあるが、これは十三代目さんにもそんなところがあったような気がする。中座で見たときに十三代目と孝夫のこの役を見たのかどうか記憶がない。今回の二人は、ビジュアル的には前回の二人に近いのかもしれない。

野道追っかけの場、地蔵前の場。 これは何度か見た記憶がある。コミカルな場面で、客先から笑い声が起こる。さすがに大阪は喜劇に対する反応がいい。

貢が提灯を下げて万次郎の前を歩いてきたのは伊勢二見ヶ浦の場のはじめだったのだろうか。愛之助のやや俯き加減の横顔が仁左衛門にそっくりで見とれてしまった。舞台近くでしゃべりはじめたときは思わず「ああ、声は仁左衛門の吹き替えでお願い」と思ってしまった。許せ、愛之助。最後に密書を読むところで、折り重なった大蔵(松之助)と丈四郎(橘三郎)を椅子のようにするが、背の低い愛之助の腰がこの二人の上に出るのかと少し気になったが、大丈夫だったようだ。

そして、油屋の場。ここでは顔よりもビデオで見た孝夫の貢とどう違うかが気になった。全体的に言うと、愛之助の貢の方が短気そうに見えた。たとえば、万野が「一文にもならんお客の相手するのは~」と言った後、「貢さん、気にしなや」と言うが、孝夫の貢は無表情に勘定を隠しているように見えるが、愛之助は無表情でもムカついているように見える。上村吉弥の万野は、たぶんうまかったと思う。ただ昨夜の立役を見た後なので女形でもったいないという思いが頭を支配してしまっていた。翫雀のお鹿は福笑いのような顔。ビデオで見た田之助のお鹿は懐紙を丸めて貢にほおっていたが、今回のお鹿をこれはやらなかった。貢とお紺が話をしているときに反対側を向いて座っている横顔はけっこう可愛かった。お紺の孝太郎は貢と恋人には見えない。怖い奥さんと恐妻家の貢、という風情だった。

貢がいじめられるのを見て楽しむ芝居なのだが、今回それがそんなにゾクゾクしなかった。貢のいい男度の違いかな。顔がスタイルが、というより、孝夫の、あのふんわりした品の良さが愛之助にはなく、「緩衝材」が入ってないという感じがする。油屋の場意向、何かズーッと怒りっぱなしのように見える。 声を張る台詞のときは良いのだが、何もしてないときの細かい表情みたいなものが孝夫と違う。違って当たり前か。別のブログで読んだ、「一つ一つの場面がバラバラな感じ」というのは、そういう細かい表情が作りこまれてないからかもしれない。たとえば、お鹿の話をきいている間、愛之助の貢は無表情に何もしてないように見える瞬間があった。でも孝夫のビデオを見直すと、あそこはお鹿が自分には覚えのないことを言うのでキョトンとして聞いている。その「キョトン」の表情が愛之助から読み取れなかった。

愛之助は全体として何も危なげなく貢をやり遂げたと思う。新之助の弁慶を浅草で見たときのように心の中で「ガンバレガンバレ」と応援したりする必要もなかった。