芸術祭十月大歌舞伎 初日 昼の部2007/10/02 22:56

2007年10月2日 歌舞伎座 午前11時開演 1階9列24番

「赤い陣羽織」

馬の世話をしている男の台詞がききとりにくい、どこの三階さんだ、と思ったらおやじ役の錦之助だった。芝居全体を通しては錦之助は良かった。猫背で、顔も滑稽にし、田舎言葉。女房役の孝太郎は粗野な田舎の女房役のせいか、いつもより男が見える感じの役作り。声も低いのでいつものような雑音がきこえなくて良い。翫雀の代官は、はじめ「十二夜」の公家を思い出した。亀鶴は久しぶりで、面白いのだが、どんな役でも同じノリの滑稽さで演じているのではないかと、やや疑問。代官の奥方の吉弥は怖い奥方で、ものすごくキャラに合っている。

馬のマゴ太郎が可愛かった。

「封印切」「新口村」

成駒屋型はたぶん初めて観た。八右衛門に心理的に追い詰められて自分で封印を切るより、言わば事故で封印が切れてしまうこちらの型の方が観ている方の気持ちはやや楽かもしれない。藤十郎はうまいと思うが、いつも、まわりに全く関係なく一人で芝居をしているように感じる。時蔵の梅川は貫禄がありすぎて安女郎に見えない。藤十郎と似合っているようにも見えない。新口村の方が、二人で竹格子の窓の向こうに並んでいるのが綺麗だったり、孫右衛門との絡みが良かったりした。

八右衛門の三津五郎は下手ではないが、仁左衛門のように、出てくると周りがすべてかすんで見えるような圧倒的な存在感はない。これが普通の封印切なのだろう。一昨年の六月の「封印切」「新口村」は、仁左衛門オンステージで、本来の主役にかかわらず仁左衛門に観客の目が集中していた。それは芝居としては異常で、きょうみたいなのが正常なのだろう。私が観たいのは異常な方だが。

「羽衣」

玉三郎の天女に愛之助の伯竜。 愛之助には、とにかく、玉三郎を美しく見せてほしかった。顔は流石に似合うようで、玉三郎が作り出す美しい舞台の装置の一部として十分に機能したと思うので合格。

愛之助の伯竜は亀治郎の会のときは花道から出てきたが今回は下手から出てきた。着ているものもあのときとは違って漁師にしては優雅に見えた。玉三郎は花道から台詞を言いながら歩いてくる。舞台上の愛之助と衣装のやりとりがある。私としては、愛之助と、そのすぐ後ろで太鼓を叩いている傳次郎さんと、舞台中央の玉三郎が同時に見られる至福の時だった。ピンクの地色の美しい衣装を着て踊る玉三郎を、愛之助は横に控えてじっと見ていた。愛之助のかなり近くで玉三郎が踊るときがあった。あのときの二人がいっしょに写っている写真を売ってほしい。

玉三郎が一度引っ込んで戻ってくるまでの間、愛之助が一人で踊った。

玉三郎が伯竜から取り戻した衣装を着て天女の格好をして戻ってきて、最後は二人で踊ったが、並んで踊るのではなく、伯竜が天女をつかまえようとするがつかまえられない、みたいな踊り。

最後は玉三郎は花道を引き上げ、愛之助はそれを見送りながら舞台を沈んで行った。

芸術祭十月大歌舞伎 初日 夜の部2007/10/03 23:08

2007年10月2日(火) 歌舞伎座 午後4時半開演 1階9列12番

「牡丹燈篭」

孝夫・玉三郎の牡丹燈篭を観たが、伴蔵がトモゾウであることも忘れている。しかし、二人の熱々ぶりが今回エスカレートしているのは確かだ。頬を寄せ合ってウフン、みたいなのは前回は無かったと思う。

伴蔵が、蚊帳を半分でもいいから吊ってくれ、と言うのや、お峰が怖がりながらも「それからどうしたの」と聞くシーンは、観た記憶がある。 二幕目で夫婦が金持ちになってから伴蔵の浮気がバレ、お峰がプリプリした態度をとるのも前に観たような気がする。でも二人の諍いと仲直りの時間が長くなって、二人のイチャイチャ度も上がっているような気がする。お峰が、お札をはがして幽霊から百両もらった話を大声で言おうとするのを伴蔵が玉三郎の口を押さえて止めるが、それもいちゃつきの一部にしか見えないので、最後に伴蔵がお峰を殺す理由が弱い。文学座の公演では寝ぼけた(?)お峰がはっきりと口走っていて、それで殺さざるを得なくなったと納得できた、と記憶しているのだが。

今回の幕切れは前回とは違う。9月19日付の日経夕刊の仁左衛門の記事では、前回と同じにするか「お峰!」と抱きしめて幕にするか、迷っていると書いてあったが、結局、殺したあと、「お峰!」と抱きしめて幕になる。仁左衛門と玉三郎にはこの方が合う。

上村吉弥のお国と中村錦之助の源次郎にはもっと濃厚な濡場があった。前回の児太郎と八十助は若くて綺麗なカップルだったが今回は美貌の中年カップル。錦之助は新三郎役の愛之助よりも男ぶりが良い。

七之助のお露と吉之丞のお米は細身で不気味で幽霊にピッタリ。吉之丞は前回も同じ役で、この役には定評があるのだが、七之助も、無造作に歩いているだけで雰囲気が出ていて、幽霊役は玉三郎より向いている。

お露と新三郎の二人は上の三組に比べてコンビとしての印象が弱い。孝夫と玉三郎のときはファンも期待しているし並んだだけでただならぬ仲に見える二人だからカップルに見えたのだろう。七之助と愛之助はそういう特別なことがないし。

三津五郎演じる円朝の話が長い。場面転換を待つ間に話を、というわけでもないので、早く芝居を始めろよ、とイライラする。

「奴道成寺」

はじめて観た。三津五郎は上半身が女、足元が男のような格好で出てくる。小鼓の叫び声がいつになく大きかった。所化は亀鶴、薪車と十代の子たち、それに名題昇進の功一と玉雪。途中でみんなで並んで座って三津五郎が名題昇進の紹介をした。

男女道成寺の狂言師左近の衣装で、三種類の面をつけて踊り分けるところがある。「恋の手習い」は女の面をつけて踊る。娘道成寺のような華やかさではなく技巧が売りの踊りなのかもしれない。えびぞりもあるが、えびぞりの上を花四天がトンボを切る。花四天は三階さん達だが、下手だと目立つ。トンボも切るし、いろんな動きもあり、みんな必死だろうと思った。

芸術祭十月大歌舞伎 昼の部 2回目2007/10/19 23:32

2007年10月19日 歌舞伎座 昼の部 2階5列33番

会社を午後半休して、「封印切」から観た。

「封印切」は、周りの役者たちが藤十郎の芝居になじんできたようだ。藤十郎の忠兵衛というのは、孝夫や染五郎に感じるようなちょっと拗ねた若旦那よりも、もう一段ひねくれている感じがする。「いけず」度が高いというか。藤十郎の八右衛門が観たいものだ。 それにしても、封印が自分の意思でなく切れてしまうのは観ていて気が楽。一瞬ですむ。あとは死ぬ覚悟をするだけだ。八右衛門に追い詰められて自分で切るのは、追い詰められて行くのを観るのが辛い。

「新口村」は、初日に観たときもきれいで、時蔵もこちらの方が向いているようで印象が良かったが、きょうは我當の孫右衛門に感動した。孝夫の忠兵衛のときに八右衛門で見たときは一本調子だったし、いつもあんまりうまいと思わない役者だが、この役と個性がマッチして当たり役になるだろう。情があって朴訥な感じが良い。いい男にはできない役があってもいい。

「羽衣」は初日に観たときには各部分をバラバラに観ているだけで全体像がつかめなかったが、その後にいろんなブログを読んだのが助けになって今日は話がよくわかった。愛之助の伯竜が最後に奈落に沈んで行くのは、花道を引っ込む玉三郎の天女が天に昇っていくのを示すためだったのか。天女は終始、伯竜にとって手の届かない存在で、それが玉三郎と愛之助に重なって見えて面白いのだが、天女の衣をまとった玉三郎に愛之助がじりっじりっと近づくあたりで男を感じた。玉三郎相手では子供っぽく見えるだけかと思っていたが、これならばまた玉三郎の相手役をやっても良いだろう。二人で写っている写真が出ていたので買った。

東京国際映画祭 「Beauty うつくしいもの」2007/10/22 22:23

2007年10月22日 午後6時50分開始 TOHOシネマズ六本木ヒルズ5 F列23番

(映画のあらすじ) 昭和10年、伊那谷で木地屋の祖父(井川比佐志)と暮らす半次(高橋平)は雪夫(大島空良)が村歌舞伎の舞台に立つのを見る。雪夫は半次も歌舞伎をやれと言って扇をくれる。梅川役の歌子の急病のため、半次は雪夫の相手役として女形をやることになる。二人は村歌舞伎で「新口村」を演じる。そのまま毎年二人で踊って七年後になる。半次(片岡孝太郎)、雪夫(片岡愛之助)、歌子(麻生久美子)の3人は仲良しで、雪夫と歌子は好き合っている。そんなある日、半次と雪夫に召集令状が来る。生きて帰れるかどうかわからないので、雪夫は歌子に愛を告白するのをためらう。出征前のおなごり公演で、半次、雪夫、まさお(嘉島典俊)は絵本太閤記を演じるが、客席の家族たちから「死ぬな」と声を掛けられてまさおが泣き出し、幕がしまる。化粧はそのまま軍服に着替えた3人が舞台の上で観客に敬礼する。

戦後、シベリアに抑留された3人のうち、まさおは肺炎で死ぬ。雪夫も伝染病のため酷い咳で起き上がれなくなる。雪夫は、隔離のために連れ出される前に密かに書いた遺書を、半次に手渡す。橇で運ばれていく雪夫を半次は収容所の門で見送る。雪夫は、家族に伝える言葉を半次に託す。何日か経って、半次は収容所の仲間から雪夫が墓地に埋葬されたと聞く。やがて日本に帰れる日が来たが、同郷の友二人を失った半次の内心は複雑だった。

村へ帰った半次は、祖父が既に亡くなったことを知る。やって来た歌子に、半次は雪夫を連れて帰れなかったことを詫びる。歌子は雪夫が好きだったと言い、半次は雪夫も歌子を愛していたという。これからは2人で3人をやろうと約束する。半次は、上着に縫いこんで隠し持ってきた雪夫の遺書を持って雪夫の家に行き、遺書を渡し、家族の一人一人に雪夫からの言葉を伝える。

木工所で働くようになった半次は立役としてまた村歌舞伎に出るようになる。女形のかわりに歌子が相手役をやる。ある日、村人が食堂で雪夫に似た男を見かける。半次は、盲目の役者がいて、その役者が半次の村に伝わる歌舞伎を演じるという噂を聞く。実は雪夫はシベリアから生きて帰ってきていた。満州時代に上官の命令で満蒙開拓団に投げた手榴弾のために目が傷つき、そのために盲目となった。雪夫がそっと様子を伺いに来た村歌舞伎では、「袖萩祭文」をやっていた。歌子が袖萩、半次が兼杖を演じていた。半次は雪夫に会いに行くが、雪夫は人違いだと言う。雪夫は実は病のため余命いくばくも無い体だった。半次は、村歌舞伎の演目を「新口村」に変更し、自分は久しぶりに女形の梅川をやることにし、雪夫に忠兵衛の役を頼む。雪夫は断ったが、最後まで待っていた半次のもとに現れ、2人で久々に梅川忠兵衛を演じる。芝居の最後に雪夫が倒れる。

40年後、村歌舞伎では半次の引退興行が行われる。演目は、かつて雪夫が踊った「天竜恋飛沫」。この日のために衣装を新調したにもかかわらず、半次は雪夫が着た衣装で踊ると言い張る。今や足元もおぼつかない半次は、大きすぎる雪夫の衣装で踊りの途中で袴が脱げてしまうが、そのまま踊り続ける。

(舞台挨拶)

上映後の舞台挨拶に出たのは監督の後藤俊夫、孝太郎、嘉島典俊、子役3人、それに雪夫の妹役の女優。順番に話した後、下手に並んでプレス向けの写真を撮っていた。

半次の子供時代の高橋平君はキリリとして美少年で気に入ったので、舞台挨拶で生を見られてとても嬉しかった。タイラ君が「女形は立役より背が高くてはいけないので膝を折らないといけない」というと孝太郎がウンウンと頷いていた。「そうやって歩くのが大変だった」というと、隣のソラ君がひじでつついた。雪夫の子供時代の大島空良君がすごかった。「どこの事務所にも属してない、素人」というのがまず驚き。そして、「僕にはたくさんのアレルギーがあります。食べ物アレルギーと子役アレルギー」なんてことを言うのだ。次に歌子の子供時代の女の子が「皆さんに感謝しています」と言ったら「どういたしまして」と受けていた。ソラ君は撮影途中で入院したらしい。それでも使い続けた理由がわかる。

(感想)

美しい伊那谷の四季をとった映画なのだが、ハイビジョンを見慣れた目で見ると、画面がややぼやけて見えて、「風林火山」の景色の方が綺麗だと感じてしまうのが残念だ。自分にとって、この映画の最初の魅力は高橋平君の美少年ぶり。愛之助の少年時代かと思ったら違っていた。雪夫の少年時代を演じた大島空良君は、顔は個性派だが演技を買われたのかと思ったので、舞台挨拶で全くの未経験ときいて驚いたのだ。少年の半次が女形になったとき、「さらばわが愛」の京劇の女形の少年を思い出した。あれはプロだが、少年が女の役をやるときの気持ちはどんなものなのだろうか。この2人の「新口村」をもう少し長く見ていたかった。

少年時代と大人になってからが、顔の連続性もないが性格的にも逆になったように感じる。少年時代は雪夫の方が積極的。大人になると雪夫が大人しくなり、特に戦後は暗くなる。

二時間足らずの映画なので、満蒙開拓団のエピソードは入れないで、もう少し村芝居自体の戦後の苦労を掘り下げたほうが面白かったと思う。主役の半次の役はわかり易い。一方、監督が新たに詰め込みたくなったテーマを一手に引き受けたのが大人になってからの雪夫の役のような気がする。そのせいもあってか、愛之助は歌舞伎のシーンは良いが普通のシーンがあまり良くない。孝太郎はとてもうまい。

最後の半次の踊りが素晴らしかった。

第六回 三響会2007/10/28 18:43

2007年10月27日(土) 新橋演舞場 昼の部 午後1時開演 1階17列17番、夜の部 午後5時開演 1階19列34番

両方とも前あるいは斜め前の人の頭で舞台の一部が見えなくなる席だった。

「能楽五変化」と「月見座頭」は昼夜の共通演目。 最後の演目だけが違う。昼は「獅子」、夜は「一角仙人」。

昼夜通して一番気に入ったのは「獅子」。昼の部のチケットは愛之助が出るという発表があって急遽買い足したのだが、おかげでこの演目を見られてラッキーだった。

イヨーッ、オーッ、ハーッという掛け声の中でそろそろ獅子が現れるぞと待っていると、お囃子の前方左右の台の上の、南座の道成寺組曲のとき上から下がっていた鐘のようなものが割れて、中から能の白獅子が現れた。 歌舞伎の獅子は、七之助が花道から出てきたので、亀治郎はもったいぶって後から出るのかと思ったら、囃子方の後ろに掛かっている橋の上にピョーンと飛び出して来たので客席が沸いた。

三響会の後の十周年記念祝賀会で、傳次郎「あのときの客席の反応がすごくて」広忠「僕たちも生き返りました」というやりとりがあった。傳次郎が「ポップアップで飛び出すのは、七之助さんと亀治郎さんのどちらがやるか、ということになったら亀治郎さんが、僕がやる、と言ったので」と言ったので、いかにも亀治郎らしくて笑った。 七之助は前日まで獅子をやっていたせいか亀治郎に負けてなくて、毛振りの最後は若さを発揮してブンブン回していた。立ち姿も、痩せすぎの体形が獅子のたっぷりした毛でカバーされ、身長がある分立派に見えた。その点亀治郎はやや子供っぽい。 獅子が四頭いると、歌舞伎の二頭を見るのが精一杯で能の獅子が見られない。

昼夜とも最初の演目は「能楽五変化」。

暗闇を笛の音が貫き、誰の声ともわからない掛け声と鼓、太鼓の音がしばらく聞こえていて、これもいいなと思っていると舞台が明るくなって能装束をつけた5人が勢揃いしているのが見える。神・男・女・狂・鬼だ。全員引っ込んだ後、一人ずつ出てきて舞う。能の舞はあんまり得意でないので、なるべく広忠の顔を見ているようにした。特に昼の部はほとんど真正面だったのでよかった。5人の中では狂の被り物が面白いと思った。同じ人が舞っているのに、神は夜の方が良く思えた。理由はわからない。広忠は祝賀会のときにこの演目のことを30分打ちっぱなしのフルマラソンと表現していた。最初、広忠が考えたときには12分の演目だったが傳次郎に相談したら短すぎると言われ結局30分になったそうだ。

「月見座頭」には昼は愛之助、夜は萬斎がスペシャルゲストとして追加された。何の役かと筋書きを見ると2人の役は「語り」。演目の最初に花道のすっぽんから愛之助が出てきた。拍手したかったが他の観客がしないので我慢。素顔に羽織袴。舞台上で素顔を見るのは初めてだったが照明があまり明るくないし遠い席だったので顔がよく見えなくて残念だった。舞台の月を眺めて「おお、出たわ出たわ」で始まる歌舞伎調の台詞をひとしきり語り、「座頭はどれに~」と言いながら舞台下手に引っ込んだ。得意の台詞術を生かせる役で良かったと思ったが、パーティの時の茂山逸平の話では「虫の名前が覚えられない」と言っていたそうだ。最後にもう一度出てきたときは花道の後ろから歩いてきたので、そのときは最初より近くで顔を見ることができた。台詞は何もなく、口元に手をやって笑う様子をしてすっぽんから引っ込んだ。

萬斎は狂言調で同じ内容を語るのとかと思っていたら全然違った。座ったまますっぽんから現れ、「これはこのあたりにすまいいたす者・・・・ではなくて、野村萬斎でございます」とお辞儀。客席が拍手。その後、「出演を頼まれたのが数日前」という話をしてから、本来の語りを始めたが、愛之助の語りの内容とは最後に座頭を探しに行くところだけが同じだったような気がする。 祝賀会のトークで聞いたところによると広忠が萬斎に原稿をファクスしたのが2日前だったそうで、慌しい内幕をばらしたかったのかもしれない。萬斎は舞台に行った後、この演目を演出した傳次郎の前に行って「演出家ー」と客に紹介。次に傳左衛門のところで「家元ー」と紹介した。広忠はこの演目には出ていなかった。最初の演目がフルマラソンなので休息が必要なわけだ。最後に花道から出てきてすっぽんから引っ込むとき、萬斎は「ハハハハハ」と笑いながら引っ込んだ。

この演目の主な出演者は座頭役の藤間勘十郎と、男役の茂山逸平と勘太郎。勘十郎の踊りは今までで一番うまいと思ったが、勘太郎にももっと踊ってほしかった。勘太郎の使い方が勿体ない。

今回の舞台は、舞台後方に長く掛かっている橋と、そこから舞台にスロープで降りてくる橋が橋掛かりのようになって大きく囃子台を囲んでいる。祝賀会で聞いた話ではそのスロープが急で、私は気づかなかったが勘太郎は夜の部で滑ったそうだ。勘十郎は目をつぶった状態で降りてくるので怖かったと言っていた。それと、夜の部の「一角仙人」の最後に出てくる龍神二人は、面をつけているので目が見えないのと同じで、やはり降りてくるのが怖かったらしい。

祝賀会でこの演目の話をしているとき、広忠が「実は目はあいていた、という設定で」と言い、傳次郎に「違います」と即座に否定されていたが、私も昼の部を見たときは座頭は本当は目が見えたのかと思っていた。そもそも私は「座頭」を「ざがしら」と読んでいたくらい無知だったのだが。

「一角仙人」は歌舞伎の鳴神にあたる演目だそうで一番期待した演目で、そのために初めは夜の部だけ買ったのだが、実際に観て見たら一番つまらなかった。鳴神は雲絶間姫の語りがないと魅力の大半がなくなるし、亀治郎は前日までやってた玉三郎の天女みたいな格好で出てきて、比べると顔が不細工すぎるし、染五郎がやる一角仙人も特に魅力はなかった。これに七之助が加わって歌舞伎のような芝居を始めるとお囃子も沈黙してしまうし、ただ退屈な歌舞伎の芝居を見ているようだった。亀治郎と七之助が花道を引っ込んで、ああ、つまらなかった、と思ったら、舞台に能装束の龍神が2人現れ、一角仙人を攻撃し始めた。龍神は見た目がかっこよかったし、能と歌舞伎の戦いというのも面白いと思って、救われたような気がした。 最後はこの龍神たちと一角仙人が生き残って幕となるが、龍神には一角仙人をぶちのめしてほしかった。

三響会の後八時半から東京會舘で三響会十周年記念祝賀会があった。三兄弟が来るまでの時間、プロジェクターで過去の三響会でやった「船弁慶」の映像や、昭和56年の亀井兄弟会の映像を映していた。

お父さんの忠雄さんの音頭で乾杯した後しばらく歓談の自由時間があり、その後三兄弟プラス藤間勘十郎、茂山逸平の5人のトークがあった。私は会場に行ったのが早かったので前のテーブルに陣取り、至近距離でトークの様子を見ることができた。5人ともスーツ姿で、左から逸平、傳左衛門、勘十郎、広忠、傳次郎の順。みんなスーツ姿で両端の2人はノーネクタイ。皆さん飲み物をお持ちだったが傳左衛門だけウーロン茶。他の方々はシャンペンを何度もおかわりしていた。逸平は細身ですらっとして素敵。勘十郎はわりと色白で特に手の肌が綺麗。目張りを入れたように見える目は素顔だったんだ。

司会もいなくて自由にしゃべっているのだが、このトークがすごく面白かった。芝居後の役者の素の顔を見るのは興ざめだが、演奏者の話を公演のすぐ後に聞けるのはいい。右の3人に比べて左の2人がややボルテージが落ちている感じ。落ち着いていて、あらゆる意味で羽目をはずしそうもない傳左衛門と、「今笑ったのは歌舞伎ファンだけ。ここには能のファンも狂言のファンもいる」みたいに気配りのできるプロデューサーの傳次郎がしっかりしているので、広忠がやんちゃのまま居られるように見えた。

松竹大歌舞伎 浅草公会堂2007/10/31 00:10

2007年10月30日 午後3時開演 1階た列36番

正月以来の浅草。緞帳の模様が懐かしい。きょうは花道がない。

「奥州安達原 袖萩祭文」

去年の亀治郎の会でも観たが、そのときは最初に出たのは腰元達だったが今回は郎党。そして、下手の、舞台にくっついた短い花道のようなところから亀治郎の袖萩登場。瓜生山歌舞伎のトークで亀治郎は「袖萩の出からやるのが普通だが、わかりにくいので中納言の入りからやった」と言っていた。だからこれが普通のやり方なのだろう。

亀治郎の会のときに観た同じ演目の、幕開きから中納言が引っ込むまでがなくなっている。だから宗任役の亀鶴が口で白旗に文字を書くシーンもないし、白旗の存在感自体が薄い。

今回は主要な配役以外の役者の人数が多いせいか、あのときのように全員うまいという感動はなかった。主要な配役はみんなうまいが、特に竹三郎が良い。彫りの深い顔と長身が、身分の高い女の役にぴったりだ。それでいてつんとした感じがなく、お君が父にすがろうとする様子を心配そうに見ている。

亀治郎は、袖萩は亀治郎の会のときと同じようなものだが、中納言が見劣りした。黒い衣装が似合わなくて子供が無理して大人の衣装を着ているみたいだし、袖萩と二役の様子も会のときのように際立っていなかった。

宗任役の亀鶴は今回もとても良く、バランをつけた動きのときは亀治郎がかすんで見える。

赤い幕を投げて形を作る幕切れは綺麗に決まっていた。

「吉野山」

休憩中に聞いたイヤホンガイドの解説で、亀治郎が静を「義経のガールフレンド」と言っていたのが面白かった。

幕が開く少し前に気づいたのだが、中央の一番後ろの補助席に猿之助が座っていた。時折隣りの人と話しているようだった。吉野山といえば私にとって最高の吉野山は玉三郎と猿之助の吉野山だし、澤瀉屋型の吉野山は猿之助の忠信でしか観たことがない。だから、チョウチョがヒラヒラしても狐の本性を現すのをじっとこらえている顔とか、傘を後ろに投げるシーンの猿之助が目に焼きついている。その猿之助と同じ客席で亀治郎の忠信を見るのも面白いものだ。

吉野山は何度も観たが、今回はじめてイヤホンガイドを借りたので、振りの意味がよくわかった。歌の意味がけっこうとんでもないこともわかった。

下手の、花道に擬せられたところから出てきた梅枝の静は長身で、まあまあ綺麗だった。踊りについてはあまりピンと来なかった。亀治郎は、顔が悪い。猿之助は中高のノーブルな顔立ちと切れ長の目で、美しい忠信だった。亀治郎は人間でいるときの忠信が全然美しくない。踊りは、ところどころでうまいとは思う。でも感心するほどではない。猿之助をずっと見て育った人だから猿之助に似るのはしかたないが、悪い癖まで似ている。亀鶴や薪車より若いのだから、技術やキャリアで勝るところがあるにしても、もう少し控えめな態度にしたらどうか。

薪車の逸見藤太は無難にやっていた。仁左衛門と薪車の藤太を続けざまに見ると、この役のイメージが変わってきそうだ。