楳茂都流舞踊の会 ― 2007/09/22 21:30
2007年9月22日 国立文楽劇場 午前十一時~午後8時10分 自由席だが13列13番に座った
楳茂都陸平二十三回忌追善
舞踊の会が最後は歌舞伎で終わったような会だった。個人的には愛之助には下手でももっと舞踊そのもので勝負してほしかった。この会をしめくくる「狐忠信再度(にど)の旅」は歌舞伎役者という特性を生かすために選んだのかもしれないが、吉野山と四の切の抜粋のような中途半端な踊り。歌舞伎ファンの目で見ると狐が下手。えびぞりで鼓をとるところやジャンプ、回転などで拍手をもらっていたが舞踊家がそんな運動神経系ばかりで受けてどうする。役者として見た場合、いつもは声の良さでだまされている部分があると気づいた。今回のように動きだけになると、動きはイマイチだとわかる。愛之助は全体のタイプが猿之助に似ていて狐もいつか見てみたかったがファンタジー系は向かないとよくわかった。顔は綺麗だが狐の衣装になってもずっと深刻な人間の顔のままだった。
国立文楽劇場はわかりやすく、迷わずに行けた。「黒髪」の最後のあたりに着いて、「葵の上」から観た。自由席だが、席はけっこう空いていた。上方舞は筋肉はそれなりに使うだろうが動きが激しくないので心肺機能への負担が少ないかもしれない。動きが小さく、衣装も派手でない分、一つ一つの動きそのものに完成度と強さがいるのではないかと思った。玉三郎がやったら綺麗だろう。あるいは、日本人より西洋人の長身で細身の女に合うかもしれない。そんなことを思いながら観ていたが「四季の山姥」の梅加さんはうまかった。
最後の方は他の流派のお師匠さんたちがゲストで踊る。梅川忠兵衛のパロディだという「ねづみの道行」の歌の文句が面白かった。まだらのトラが、とか。
愛之助の前に踊った三人は上方舞の他の流派の家元達。山村若の「都十二月」から、観客が集中して舞台を見ている気配を感じた。若さんは去年の小米朝の会のときの踊りよりきょうの方が良かった。去年は、座敷舞というのはこういう軽いものなのか、と思うだけだった。きょうは、この人は客をひきつける魅力があると思った。
そして、私がきょう最高に感動したのは井上流の「八島」の振り付け。これは踊り手よりも振り付けに感動したのだと思う。直線的で雄雄しい。この踊りは、大柄な西洋の女より小柄な日本人に合うような気がする。以前、新派の芝居で、個性的な振り付けの舞踊家の話を見たが、それが井上流だったかもしれない。
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